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Criminal Kiss 1

犯罪とは、構成要件に該当する、違法で有責な行為のことをいう。 では、構成要件とは何か。 とても端的に説明すると、構成要件とは刑法の条文上に記載されている、犯罪が成立するための原則的な要件のことだ。 日本では、憲法第31条により罪刑法定主義が定められている。 法律なければ刑罰なし。刑罰規定がなければ、刑法上は罰せられることがない。 たとえそれが、道徳上の非難を受ける行為であったとしても。 「カナメさん」 高くもなく低くもない。でも妙に耳に残るいい声が、俺の名を紡ぐ。 少しあどけなさの残る顔立ち。その輪郭は、未成熟な部分さえも計算され尽くしているかのように、完璧なラインを描いている。 冴え冴えとした美しい眼差しは、揺らぐことなく俺を映していた。 「疲れた顔をしてるね。仕事、大変だった?」 シャワーの後の濡れた髪が、なんとも艶かしい。 つい見惚れていると、猫のようにしなやかに歩み寄り、俺の首に腕を回してくる。 甘い匂いがふわりと鼻をくすぐる。咲き誇る花のような芳香は、信じ難いことにこの身体から発されているものだ。 性欲を刺激する、甘い罠。 抱き寄せて軽く口づければ、匂いの主は嬉しそうに微笑む。 ねだるように首を傾げるその仕草が、愛おしくて堪らない。 「アスカ……」 俺は四日間だけの恋人をそっと抱きしめて、その罠に自ら嵌まっていく。 今日あった出来事を、脳内で反芻しながら。 『確かに違反はしたわよ? でも交通違反をして捕まらない人って、たくさんいるでしょう。その人たちが見逃されて私だけが違反したからといって罰金を払わされるのは、絶対に納得できないわ。どうにかならないの?』 ああ、耳障りな声だ。 ヒステリックな中年女性の金切り声は、俺の気持ちをみるみる萎えさせる。 『おっしゃりたいことはわかります』 この女社長は事務所の上客で、大事なクライアントだ。だから俺は割り切って大人の対応に努めなければならない。 頭の中で噛み砕きながら、順序立てて説明していく。 『まずは、交通反則通告制度について説明させてください。あなたが払いたくないとおっしゃっているのは、罰金ではありません。反則金です』 『何よ。どうせお金を払うんだから同じでしょ』 『いえ、別物です。罰金は刑事罰ですが、反則金は行政上のペナルティとなります』 罰金と反則金では、大違いなんだ。ここは重要なことだから、あえて強調する。だけど、女社長は全く納得していない様子だ。 『だから何なの? あのねえ、とにかく私はこんな理不尽な取締りをする警察を訴えてやりたいのよ』 『まあ、落ち着いてください』 そう言ってクールダウンする相手ではないことはわかっているけれど、とりあえず口にする。はっきり言って、つらい。 『交通反則制度は、軽微な交通違反については反則金さえ払えば行政処分として完結させるというものです。ですが、この違反についてあなたが反則金を払わなければ、刑事手続きに移行します。その後は刑事裁判になり、有罪判決を受ければ罰金等の罰則が科せられる。つまり、そうなればあなたは道路交通法違反の前科一犯です』 軽微な交通違反であろうと、刑事裁判になれば前科がつくことになる。 そう説明する俺を、彼女は険しい顔をして睨みつけていた。

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