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Criminal Kiss 2
『裁判にはお金も時間も労力も掛かります。あなたは違反されたこと自体をご自分で認めていらっしゃる。私としましては、素直に反則金を納付することをお勧めします。反則金さえ納付すれば、この件は』
おしまいです。
そう畳み掛けようとした途端、女社長はテーブルを両手で勢いよく叩き、革張りのソファから腰を上げた。
『もう結構よ。無能な弁護士ね!』
捨て台詞を吐いて部屋を出て行ってしまう。後に残るのは、嗅覚が麻痺しそうなほどに強い香水の匂い。
ああ、またやってしまった。
案の定、呆れ顔で入ってきた所長に叱られてしまう。
『おい、いつも言ってるだろう。相手に合わせて物を言えよ』
『申し訳ありません』
謝罪の言葉を口にして、ひたすら頭を下げる。所長は腹を立てているわけじゃない。けれど立場上、俺を咎めなければならない。それがわかっているから、尚更申し訳なさが増す。
残務に追われながら、深い溜息をついて天井を仰ぐ。
本当のところ、俺は弁護士に向いてないのかもしれない。
「カナメさんって、優しいね。何も言わずに裁判に持って行ったら、お金になるのに」
ベッドでじゃれるように抱き合いながら、つまらない愚痴を吐く俺をアスカが優しく慰めてくれる。
「そういうわけにもいかないよ。依頼人にとって不利益となる訴訟を提起するのは、本意じゃない」
いや、確かにアスカの言うとおりかもしれない。不器用な自分が恨めしかった。
でも、と俺は思う。弁護する気にもならないふてぶてしい依頼人の案件を金のために引き受けたり、弁護する被疑者の罪を軽くするために警察の粗探しをしたり。俺はそういう弁護士にはなりたくないんだ。
「僕はそんな真っ直ぐなカナメさんが好きだ」
そう言って俺を見上げるアスカの美しい微笑みに、心を鷲掴みにされる。
このきれいな人が、今だけは俺の恋人だ。
いつも仕事のことで頭がいっぱいで、これといった出会いもなくて。
そんな毎日を送る最中、ふらりと立ち寄ったバーで、やたらと顔のいいマスターに俺は酔いに任せてつい本音を漏らしてしまった。
『何日かでいいよ。俺の心を癒してくれる恋人が欲しい』
カラーコンタクトでも入れているんだろうか。その淡い色の双眸が、俺の左胸をじっと見つめていることに気付く。
ああ、弁護士記章を付けたままだ。
これ見よがしに記章を付けて酒を飲む、いけ好かない弁護士だと思われただろうか。
マスターは品定めするかのようにしばらく俺を見据え、やがて口を開いた。
『……用意しようか』
よく響く低音が、俺の脳にダイレクトに言葉を届ける。
『四日間だけ、とびきりの恋人を』
そんな経緯で、昨日俺が一人暮らしをするマンションに四日間の契約で来た『恋人』は、何の冗談か紛れもなく男だった。
最初は驚いたし、あのバーへ行ってどういうつもりだとマスターに問いただそうかとも思った。
でも、アスカと名乗るその男は、抜群にきれいな顔をしていて、料理が得意で、聞き上手で。誘われるままに流されて抱いてしまえば、セックスは極上の気持ちよさだった。
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