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第26話 初めての口づけ

「俺……は」  声が震え、自然に涙が溢れてくる。紫乃は嗚咽まじりに言葉を紡いだ。 「輝さんが、好きです……初めて会った時から、ずっとずっと、好きでした」  ようやく、想いを口にすることができた。  藤城に恋をして、十年も経ってようやく自分の気持ちを伝えられた。  それが嬉しくて、涙は溢れるばかりだった。 「……紫乃、ありがとうな」  藤城がぼろぼろと泣いている紫乃の頭を撫でてやる。すると、紫乃は肩を震わせてさらに涙が止まらなくなってしまった。  そんな様子を、結太は悲しげに微笑んで、眺めていた。  失恋したというのに、同時に少しだけ幸せな気分を味わうことができたのは、やはり、紫乃を愛しているからだろう。愛しているからこそ、悲しいけれど、嬉しいのだ。 「……あーあ、フラれちゃった。まぁ、勝負は最初っから決まってたようなもんだけどね」  結太はわざと明るい口調で言った。こうなることは分かっていた。だから誓った。どんな結果になろうとも、自分は変わらない。紫乃と自分の関係はこれからも変わらないのだ、と。 「でも、これでスッキリした。紫乃ちゃんに好きって言えたし。シアワセなカップル誕生の場に立ち会えたし」 「結太……その……」  紫乃が何かを言おうとするが、それを遮るように結太は口を挟む。 「ダメだよ、紫乃ちゃん。今何言われたって傷つくだけだからさ。今日はもうこのまま帰らせて」  目の奥が痛くなり、つい早口になってしまった。好きな人の前で泣く姿なんて見せられない。藤城には結太の気持ちが伝わったのだろう。「……気をつけて帰れよ」とだけ言って、それ以上は何も言わなかった。 「……うん。じゃあ、またね」  そばに置いていたリュックを片方の肩にかけて、結太は勢いよくドアを開けた。そして、一呼吸置いてからゆっくりと歩み始める。その背中は意外にも凛としていて、紫乃を驚かせた。しかし、紫乃の瞳は暗い。 「心配するな。あいつが言ってた通り、きっとこれからも結太は変わらないよ」 「だと、良いな……結太は、俺にとって特別な後輩だから」 「おいおい、そんなこと言うなよ。妬けるじゃないか」  二人は同時に顔を見合わせた。藤城の真剣な眼差しが痛いくらいに突き刺さる。しかし、紫乃は視線を逸らしたりしなかった。 「ホントにいいのか、紫乃」 「え……」 「俺は確かにお前を愛してる。けど……さっきも言ったように、俺は綾香のことを忘れない。この先も……多分一生忘れられない。そんな男でも、愛してくれるのか」  一生忘れられない存在。藤城にとって、綾香はそれほどまでに大きい存在なのだろう。  だが、紫乃は怯まなかった。なぜならもう、答えは出ていたからだ。 「愛してるに決まってるじゃないですか。俺はきっと、綾香さんのことを忘れられない輝さんが好きなんです」  潤んだ瞳で微笑むと、藤城は驚いたように目を見開いた。そんな言葉が返ってくるとは思ってもみなかったのだろう。呆気に取られて、何も言えなくなってしまった。  そんな藤城に構わず、紫乃は言葉を続ける。真っ直ぐな瞳に、もう迷いはなかった。 「俺は、綾香さんの思い出ごと、輝さんを愛します」 「紫乃……」  その言葉を聞いて、藤城は勢いよく紫乃の身体を抱き寄せていた。力一杯抱きしめられて紫乃は少し息が苦しかったが、それ以上に、幸せだった。 「だから、輝さんも……俺の全部を愛してください」  藤城の背中に腕を回しながら、紫乃は耳元で囁いた。 「愛してるよ。絶対に離さない……お前だけは、絶対に」  見つめあい、二人はどちらからともなく唇を寄せ合う。少しぎこちないキスは、この先ずっと、忘れることなどできないだろう。  愛を確かめ合うキスは終わりを知らず、ふたりはただひたすらに互いを求めあうのだった。

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