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花の願い
「あー、ここら辺で少し暗めの話は終わりましょう!」
私は勢いよく両手をパンパン、と合わせて音を鳴らした。
「とにかく、時間がもったいないですね。朔はなにかしたい事はありますか?」
「う、む…。特にないが。そうだな…、強いていえばお前の話が聞きたい。」
「私の話、ですか?」
「あぁ。我はこの世界のことを何も知らない。何もわからない。だからお前が我に全てを教えてくれないか。そして我のことを知っていたお前のことも。」
朔が、この世界のことに興味を持っていることに気付かされた。
そうだ、そうだよな、興味を持つのは当たり前だ。自分が咲くたびに文明はどんどん開花し人間の技術なんかはどんどん進化していってるんだから。
気にならない、わけが無いんだ。
「それなら、庭じゃなくて1度家に入りませんか?お茶くらいだしますよ。」
「お茶?」
なんだ、それは?という表情を浮かべている朔をみて、あぁ、本当に何も知らないんだ。と少し悲しい気持ちになった。
きっと、今日1日ずっと付きっきりでできるだけ多くのことを教えても、朔はきっとまた忘れてしまうのだろう。
そんな朔に物事を教えるのは無意味な行動かもしれない。
私のこともこうやって忘れていくのだろうと、まだきていない未来さえ想像して1人で虚しくなっている。
少し、会話に間が空いた。
「あ、飲み物…、水分のことです。お水と少し味の違うものですよ。」
「そうなのか。お前は物知りだなぁ。」
「そんなことないですよ、さぁ、ついてきてください。中を案内します。」
すこし微笑みながら私の後ろをついてくる朔は美しい甘美な香りをまとっている。
時間が経つにつれ、どんどん花の香りが強くなっている気がした。
だが、余計な事を考えるのはやめる事にした。もっともっと気分が沈んでしまう気がしたから。
…朔は、何も知らない。わからない。覚えていない。
この世界のこと。私のこと。おばあさまのこと。
朔は本当に全てを忘れるのだ。
それでも、私は貴方に会いたいと心の中でずっと願っていた。
おばあさまから朔の話を聞く度にどんな人なのか私もいつか会ってみたいと胸がドキドキと高鳴っていた。
そんな貴方が、今目の前にいる。
彼にとってはきっと自分の前に現れた人間の1人なのだろうが、私にとってはとても恋焦がれた人なのだ。
だから、彼が咲いたこの奇跡の1日を虚しさや悲しみの感情のみを抱えて過ごすものか。
私という人間がいた事を忘れさせない。絶対に。
『黒崎 一郎』という私の存在を、彼の心に、記憶に、しっかりと埋め込むのだ。
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