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花に名を

「我に名を与えてくれるのか、人間。」 なんとも言えない心地の良い声で言葉を発し、こちらをじっと見つめる朔の透き通った瞳、アルビノのような白い肌や髪の毛やまつ毛には、所々竜舌蘭であったときの名残なのか黄色の斑点が浮き出ていた。 「名前、もしかしてありましたか?」 じっ…、と何かを考えている様子の朔に疑問を覚え、問いかける。 「いや、名を与えられたのは初めてだ。いままではずっと竜舌蘭と呼ばれていた。なぜお前は我に名を与える?」 「人は皆、名があります。貴方は今生まれた、だから私が名を与える。至って普通のことでしょう。人にとって名はとても大切なものなんです。」 会話の途中で朔の言ったことが気になった。『名を与えられたのは始めて』。ということは与えられていない時の記憶がもしかしたらあるのではないのか?、という単純な疑問だった。 「初対面でいきなり色々聞くのは失礼だと思いますが、ちょっと質問していいですか?」 「うむ、なんだ。」 「朔は、50年前に咲いた時の記憶がないんですか?」 …少し間が空き、はぁ、という小さなため息のような吐息を吐いてから朔が重そうな口をひらく。 「あぁ。しかし無いと言っていいものなのだろうか。我自身が何度も咲いては枯れた記憶はあるのだが、ほかのことは忘れてしまうのだ。覚えているのは咲いたことと枯れたこと。それ以外のことは、忘れてしまったことだけ覚えているのだ。…そうか、また我は忘れてしまったか…。」 偶然なのだろうが、彼がそう言いながら少し悲しげに見つめた方向(さき)にはおばあさまの遺影と仏壇があった。 忘れたことは覚えている。 それは、とても悲しい事ではないのか? 彼の思い出そうとしても思い出せないもどかしさを考えただけでも胸がキュッと締め付けられる気がした。 そうやって今までずっと、何年も何十年も何百年もの間咲いては枯れ死に、また咲いてきた彼のことが妙に気になった。 彼が枯れてしまう明日までに、私に何が出来るだろう。

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