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花の名
夏のはじめ、『その花』は咲き、私の前に現れた。
そして、私はその花に名を与える。
「はじめまして、私は『黒崎 一郎』です。50年振りに咲いた貴方に名を与えます。貴方の名は、『朔 』です。」
◇ ◇ ◇
「おばあさま、あの植物はなんですか?」
9歳になった私は、おばあさまが大切にしている庭に興味を持ち始めた。
「あれはね、『竜舌蘭 』という植物だよ。とても珍しい花なんだ。」
「まだ蕾もついてないですね。竜舌蘭はいつになったら咲くんですか?」
「さぁねえ…竜舌蘭は50年に1度しか咲かないんだ。一郎が20歳くらいになったら咲くんじゃないかしら。」
この話を聞いた当時の私は、50年に1度しか咲かない花を育てる意味がまったく分からなかった。
だって、いくら水をやったって、いくら愛情を注いだって絶対50年に1度しか咲かないのなら、生きている間にその花を見れるのは1度か2度だけ。その為だけに竜舌蘭を育てるおばあさまの思考が私には理解出来なかったのだ。
「一郎。なぜ私がこの花を育てているかよく分からない、という顔をしているね。そんなお前にいい事を教えてあげよう。」
「いい事…?」
おばあさまは少し私の顔を覗き込んでから話し始めた。
「あの竜舌蘭はね、咲いたその日だけ、人間の姿に化けることができるんだ。人間として1日だけ生きることができるんだ。幻想的な話だろう?」
そんな花がこの世にあるのか。幼いながらも私はその話にとても興味を持ったのを今でもよく覚えている。
「だけどね、一郎。」
「はい。」
「竜舌蘭は、1日たつとすぐに枯れて死んでしまう。また50年経つと同じ竜舌蘭の人間が1日だけ現れるが、その竜舌蘭には前咲いた時の記憶なんて無い。どれだけ仲良くなっても、50年後には何もかも忘れられてるのさ。」
悲しそうな横顔でこう語ったおばあさまは、この話をした3年後に寿命で死んでしまった。
そして竜舌蘭はまたその3年後の今日、花を咲かせ、人間の姿で私の前に現れのだ。
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