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第8話
「心中、したんですか?」
一息ついた女将にそう尋ねると、女将は窓の外に視線をやった。
視線の先では、相変わらず梅の花が降り積もる雪に負けず健気に天を仰いでいる。
「月影の部屋には血に塗れた懐刀と二人の着物、そして血の匂いの中に微かな白梅の香りだけが残されていた、と。遺体は見つからなかったと記録されております。」
ですが、と女将は間髪入れずに続けた。
「この先は口頭で伝えられているものに過ぎませんが…一年後、楼主の元に梅の花で作られた押花の栞が届いたそうです。」
「梅の花?それってもしかして…」
「ええ。月影の花。差出人は不明のままでしたが、月影からの便りです。」
身請けを拒んでいた月影が自害するのではと危惧していた楼主は、月影の身請け前夜、月影の動向を気にかけていた。
そして月影と霞の二人が心中を図ったことにいち早く気がついた楼主は、月影が持っていた懐刀で二人の掌に傷を付け、その血を身に纏っていた着物に付けさせた。
そして夜が明ける前に二人を逃し、月影は自害したと公言した。月影の身請け先の旦那は大層怒り、楼主を罵倒したという。
地に額をこすりつけて頭を下げ続けた楼主を守ったのは、残された陰間達だった。
そして一年後、月影の花で作られた便りが届く。
楼主はその便りを胸に抱き、声をあげて泣いた。
楼主は、月影を深く愛していた。
文字を教え本を与え、いつか楼を出ても困らぬように。陰間として花開き、客に理不尽な目にあわされても凛として微笑み続けた月影を、どうか誰かこの楼から助け出してやってくれと願い続けた。
楼に売られて来た霞を一目見て気に入った月影を見て、霞をこれでもかというほど大切にする姿を見て、この子が月影を助けてくれるやもしれぬと淡い期待を寄せた。
そしてやはり、霞は月影を連れ出した。
その後間も無く陰間は政府によって取り締まられ、楼は茶屋へ、そして温泉宿へと姿を変えた。
「じゃあ、月影さんと霞さんは…」
「月影からの便りは、それが最初で最後だったそうですが…どこかへ遠くへ逃げ果せ、二人幸せに暮らしたと思いたいですね。」
話は終わりだと女将は腰を持ち上げた。僕はもう一度窓の外を眺める。
幼くして楼に売られ陰間として懸命に生き、霞を守り続けた月影の生き様が、窓枠を額縁と見立てて一つの絵画に描かれているようだった。
そしてそう見えるようにあの梅の木を植えたのが、月影を愛していたという楼主であることも想像できた。
僕ははたと気付く。
だとするならば、あの梅は。今はまだ丸裸の周りの木々は。
「そうそう、御察しかもしれませんが…あの梅の品種は月影、月影を囲うように回りに植えられているのは霞桜ですのよ。」
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