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「優。」
SHRを終え、保健室へ戻ろうとしていたところで後ろから声をかけられる。
振り向くと奏斗が笑顔で手を振っていた。
朝からこの笑顔は少し胸焼けがする。
「なんだ。」
「なんだ、じゃないでしょー?折角待ってたのにさ。」
「待ってろなんて頼んだ覚えはないぞ。」
「酷いなぁ。楠本クンの事でピリピリしてる?」
奏斗はヒョコヒョコと俺の隣まで来ると俺の顔をのぞきこんでは笑った。
図星だ。
イライラして奏斗に当たるのは許される事じゃないが、それでも少し今は気が良くない。
朝からあの兄弟の態度と、相変わらず話しかけても無視の一点張り。
俺だけがまるでいないみたいな対応だ。
「…あぁ。」
「そういえばさ、この間少しあのこと話したんだ。案外元気そうだったよ。少しだけど笑ってたし。」
「本当か…!?……というか、お前相手だと無視しないって事か。」
「まぁまぁそう落ち込まずに。優が寂しがってたよーとも伝えといたよ。」
「なんて言ってた?」
奏斗はんー、と斜め上を見る。
それから少し眉を下げると
「今は話しかけないで、考えたくないってさ。」
「……なんだよそれ。」
「あの子の心境の変化かな。今は優もあの子の事、忘れてみたら?」
思わずその場に立ち止まる。
話しかけるな、考えたくない。
まるで拒否されてるみたいだ。
家だけの問題か?
俺はただアイツに嫌われただけなんじゃないか。
仕方が無かったとはいえ嘘をついてあの時家族に引き渡した。
思っている以上に俺はアイツを傷付けてたのか?
「俺、そんなに嫌われる事…したんだな。」
「キミが悪いとは思わないよ。こんな事は言いたくないけど…その程度だったんじゃないかな。運命の番なんて言ってもまだ出会って二ヶ月くらいでしょ?
あの子にとってキミといる事はきっと楽だったから。」
「……楽、だった。」
居場所を提供して、飯を食わして風呂に入れて。
行きも帰りの迎えがついて。
確かに俺は便利で都合のいい居場所だったのかもしれない。
家が出来たなら、帰る場所があるならもう俺はいらない。
それは確かに考えられる。
あの時見せた笑顔も、あの時交わした言葉も。
その場しのぎだったとしたら。
「ねぇ優。一旦、あのこと出会う前の生活に戻ってみるのはどう?キミらしくないよ。なにかに縛られてるみたい。」
「アイツに出会う…前?」
「そう。去年だってボクと教師してた訳だし、その前も大学生だったでしょ?あの子がいなくても不自由なく暮らしてたんだから元に戻るだけだよ。」
「…あぁ、確かにな。」
「一旦あの子への干渉はやめよう!ね?」
奏斗がにっこりと笑って片手を差し出した。
確かに言う通りだ。
別に楠本がいなくたって生きていける。
家だってぶっと一人で暮らしていたんだから問題は無い。
向こうがその気なら俺だって別に下手に関わる必要は無いだろう。
俺とアイツは他人なんだから。
「それじゃー手始めに今日はボクと飲みにでも行かない?金曜日だしさ!」
「いいな。2人で出かけるなんて久しぶりだな。」
「うんうん!えへへ、楽しみだなぁ。ね、今日は優の家泊まってもいい?明日も一緒に遊ぼうよ。大学生の時みたいにさ!」
「…たまにはアリだな。そうするか。」
「やったー!さいっこーだね。」
差し出された手を握ると、奏斗はギュッと握り返してブンブンと大きく振った。
大袈裟なくらいの喜び方に俺も笑ってしまう。
不思議だ。
奏斗といると不安だとか悩みだとかそういうのが吹き飛んでいく。
楽しくて仕方なくなる。
「優にはボクがいるんだから。大丈夫さ!」
奏斗の笑顔が好きだな、と今再確認するように俺も笑った。
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