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兄に車椅子を押されたまま学校の門をくぐる。
てっきり手前かそれより前までだと思っていたから少し驚いた。
周りから視線を感じるが、それにももう慣れた。
靴を履き替え、エレベーターへ向かおうとしたところでガタンと車椅子が揺れ衝撃を感じる。
驚いて振り向くと兄も同じように振り向いたところだった。
「おい、お前誰だ。」
その声は間違いなく皆木の声でゾクリと鳥肌が立つ。
兄へ説明しようとするが声は出ないし、伸ばした手は届かない。
「皐月の兄ですけど。先生ですか?」
「担任だ。…兄、って事はお前、まさか。」
兄越しに見える皆木の顔が酷く怒っているような気がした。
関わったらいけない。
間接的にも…いや、このままいればきっと俺も関わることになる。
兄へは後から謝ろうと仕方なく車輪へ手をかけ前へ押し出す。
が、どうやら兄がハンドルを掴んでいたらしくろくに進まずそのままガタン、と音を立てて止まった。
「…皐月、いきなり進むなよ。」
「──っ、…」
苛立った兄が俺を見下ろして一度舌打ちをする。
目で訴えるが通じるわけもない。
どうすればいいかわからず悩んでいると皆木が身を乗り出し、俺の顔を覗き込んだ。
パチリ、と目が合ってしまう。
俺はすぐに目を逸らすが、頭の上からは予想外の会話が聞こえてきた。
「お前が、楠本をレイプした兄弟か?」
「あれ。あー…うちの皐月がそんな事まで相談しててすみません。それは上の兄で。…あまりに乱暴するんで俺も親も注意してます。
な、皐月。」
その声があまりにも冷たくて、俺はコクコクと頷くことしか出来なかった。
この場から今すぐ逃げ出したい。
少し前までなら、もしかしたら皆木が解決してくれるんじゃないかと期待してたかもしれない。
でも今は違う。
関われない。
関わりたくない。
今は皆木という存在自体がまるで俺の中でタブーみたいになっていた。
皆木のことを考えるのが億劫で生活を乱していくような。
「と、いう事で。行くぞ皐月。」
そう言われ車椅子が前へ押される。
皆木が俺の名前を一度呼んだが俺はもう振り向けなかった。
関わったら殺される、関わったら施設に入れられる。
どんどん普通の人から外れていくような気がした。
それが怖くて仕方なかった。
ただ、誰かと同じように生きていきたいだけなんだ。
「なぁ皐月。いつチクったんだ?」
エレベーターを待ちながら兄が俺の顔を覗き込んだ。
喉から空気が押し出されて俺は左右に首を降る。
そんなつもりじゃなくて。
なんて言い訳にしかならない。
「ほうれんそう、ちゃんとしてんだな。…帰ったら俺にも教えろよ。」
そう言われて後ろから車椅子を蹴飛ばされる。
エレベーターの壁に正面衝突し、足と前へ投げ出された頭を打ち付ける。
鈍い痛みに頭を抑え振り向くともう兄は向こうへ歩き出していた。
また帰ったら何かがあるんだろうな。
なんて考えながら俺はエレベーターの扉を閉じる。
どんどん、遠くへ落ちていく気がした。
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