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暫く沈黙が続いた。 千葉クンは何も言わないし、そうなればボクも何も言えなくなってしまった。 ただ静かな病室で二人息をするだけ。 ボクが横になったまま天井を見つめていると沈黙に耐えかねた千葉クンが立ち上がる。 「何か、飲み物買ってきます。」 「ありがと。ボクの財布使っていいよ。」 「何も力になれなかったお詫びに買わせてください。コーラでいいですか?」 「ホント律儀だね。…うん、コーラでいいよ。」 ボクがそう答えると何も答えずに病室を出ていった。 一人きりの部屋でまた天井を見上げる。 まだ視界はあまり良くないし、頭も痛む。 体のあちこちはギシギシ軋むしヒビが入ったという背骨は少し動けば鋭い痛みを感じた。 あの時、どうしてあのこの手を握ったんだろう。 …でもまぁ。 そのお陰であの子が幸せになれたら少しは罪滅ぼしになるかもしれない。 「………何、の?」 ボソリ、と声が漏れる。 何の罪滅ぼしだ? あの子はどう幸せになるんだ。 怪我をしなければ…いや違う、何かもっと大切な事。 ボクは今まで確かにあの子に危害を与えてきた。 例えば、それはあの子が深く傷付くような状況を作ったり助けに迎えない用にしたり。 でも、それはどうして? 誰が助けに迎えないように? 「あ、れ…………」 どこかにいつも影があったはずだ。 誰かの、何かの影が。 あの子を傷付ける事によって確かにボクに有益になる事が起こるはずだったんだ。 それは失敗に終わったけれど。 一体、何が? ズキン、と右の頭が痛む。 思い出せない。 何かがポッカリと抜けている。 楠本皐月をどうして嫌った? 楠本皐月との出会いはなんだ、一体何が目的で近付いた? 「……違う、……っ、ぅ"…ち、が……」 両手で頭を抑えて目を見開く。 思い出せないんだ。 これが忘れたかった記憶? ボクを苦しめた何かなのか? 「…すみません、コーラ無かったからラムネ、に……大丈夫ですか!?」 遠くでガシャン、と何かが落ちる音がした。 ボクは記憶にある声に安堵して手を伸ばす。 背が痛い、腕が痛い。 皮の下で骨が軋む。 強く握られた手を握り返し、ボクは掠れた声を吐き出した。 「……思い、出せない……何かが消えてる。確かに、居たはずなんだ。」 「落ち着いて、大丈夫です。大丈夫だから。」 「あの子を抱きしめながら落ちた時、確かに頭の中で誰かを思い出してたんだ。あの子を助けながら…ううん、助けると決めた時も。 ……楠本皐月とボクが繋がらない。間に、その人がいるの……?」 千葉クンは暫く困ったような顔をしていた。 言えないんだろう。 言えばきっと、ボクはもっと混乱する。 繋がらない線の先がグチャグチャになって絡まっていく。 ねぇ、キミとボクはどうして出会ったの? どうして。 「奏斗さん、目を閉じて。」 「………目、………?」 「ここには俺と貴方しかいない。だから、…思い出せなくっていいんですよ。」 「でも、……」 「貴方がね。…貴方が、眠っている時に。今は忘れていたい、忘れていた方が楽だとそう願ったから失った記憶なんです。……過去の貴方を否定しないで。」 その言葉に、何故か怖いほど納得させられた。 記憶はボクのものだ。 そのボクが選んで忘れたのなら。 「……忘れたままで、平気なの?」 「大丈夫。だって俺がいるから。」 千葉クンはそう言ってはボクの手を両手で優しく覆った。 ボクはコクンと一度頷く。 「本当は、安心したんです。忘れた相手が俺じゃなくてよかったって。…だからこんな風に冷静にいられるのかもしれない。」 「…どうして?」 「だって貴方は俺の事を嫌いだと思うから。」 そこまで言うとボクの手を離して、少し悲しそうに笑う。 …ボクの事を好きでいてくれる彼にそんな風に思わせるのはどうなんだろう。 けれどきっと彼の言う通りじゃなくても得意ではなくて。 「嫌いでは無いよ。」 「良かった。本当に。」 失った記憶の隙間が、ぼんやりと消えていく。 それは思い出さなくても平気だという彼の言葉を鵜呑みにしているからだろう。 彼と出会ったきっかけも、彼がボクに最初に話しかけた場所や言葉も。 今もまだ、思い出せていないのに。

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