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エピローグ 数年後の龍司と春哉。

 月日が移り変わると共に、花が咲き枯れ、緑が濃くなり赤くなり黄色くなり。草花の色と変化が目に入る。  店先に咲いた花も、暑くなるにつれて元気が無い様に見える。かと言って、水を与えすぎるのも宜しくない。日陰を作らないと。  「春哉ー、手伝ってー。」  「はーい。」  今年、夏生さんが再婚した。40手前に再婚出来て良かったと、春哉は言ってる。心ちゃんとも仲が良い。新しいお母さんと一緒に、店に来たりするのをよく春哉と迎えてる。勿論、俺と春哉の事も知ってる。それでも夏生さんと一緒になると言ったんだから、かなり良い嫁さんだ。  2人の結婚式はささやかだが、少人数の式を済ませた。俺はその式場に、沢山花を生け花束を作り花嫁の頭にも飾った。  夏生さんの相手は、取引先の人で。打ち合わせに来た時に話しが合って、そこからという感じらしい。社長を通して紹介してもらったと春哉から聞いた。  俺や、春哉達は気が付けば30になっていた。心ちゃんはもう20歳で、春哉や夏生さんに似て美人に育った。  そんな年食った俺達の話しだけど、少し付き合ってくれると嬉しい。  ***  その前に、学生の頃の話しとその後の話し少しをしておく。  高校在学中に、俺達はそれぞれ大学や専門に無事受かった。春哉は泣いて喜んでくれた。その日は皆で久し振りに集まって、ファミレスで飯も食った。楽しかった。  その後、誠と蓮は一緒に暮らす準備を始めたらしい。家は2人とマコママの3人で探して、大学近くの小さいマンションにしたそうだ。誠は元のバイト先を辞め、別のバイトを始め蓮も違う所でバイトを始めたらしい。家賃は折半で、生活費も折半にしたそうだ。仕送りも少しだけ貰っていたらしい。それは全部学費に回していたそうだ。  今は少し広い所に引っ越している。医者と弁護士。国家資格に受かったと嬉しそうに話していた2人の顔は、今でも覚えているしアルバムにも入ってる。生活の時間はすれ違っている様だが、2人揃った時は一緒に過ごす様にしているそうだ。  賢悟は美容師になった。たまに実家に戻っては、和装で結婚式を挙げる人の為に髪を結ってるらしい。もうすぐ自分の店が持てそうだと喜んでいた。結婚もした。28の時だ。賢悟に似て、小さくて可愛らしい奥さんだった。花束を作って欲しいと言ってきた時は、俺で良いのかと何回も確認してしまった。  辰彦は保育士になった。小さい子と遊ぶのは疲れるが、毎日充実しているといつも言う。辰彦は、結婚はしていない。でも、一緒に暮らしている女性はいるし、最近プロポーズもした。保育士の学校で出会って、再会してという縁らしい。紹介をしに、店先に来た時は思わず店先で叫んでしまった。  ***  それで、俺と春哉の事だ。  春哉は、夏生さんの職場に就職をした。経理や、裏方の資格を取ると息巻いていたが、会社の為に熱心だな。位にしか、その時は思っていなかった。20歳になって、成人式があって、それから何年かして25になって。春哉は履歴書片手に店に来た。  『雇ってくれるでしょ?』  まぁ、雇ったけど。経営に必要な資格とか、色々勉強しているのを知っていたから断る理由なんて1つも無かったし。  俺はと言えば、誠のお母さんの店でバイトをしながら専門を卒業して、正社員というか……正式に雇ってもらった。それから店の切り盛りの仕方とかを学んで、春哉が来る直前に店を引き継いだ。  『もう私も年だし、マコちゃんは立派になったし、そろそろパパと暮らそうと思うの。貴方がここにバイトに来て、花屋になるって言ってくれた時。この子にお店をあげようって、思っていたのよ。』  そう言っていた。だから、正直春哉の申し出はありがたかったのだ。  それから2人で店を切り盛りして、一緒に暮らし始めた。ムードも何も無かった。  『アパートの更新するんだけど、龍司の家に引っ越して良いの?』  『……そもそも、いつから1人暮らししてたんだ?』  『えっと……3年前、かな。』  『……知らない。』  『俺、言ってなかった?』  『うん。』  『ごめんね。』  『良いけど……何かこう、俺から言いたかったっていうか……。』  『言ってくれるの?』  『……ちょっと待って。』  春哉は、卒業してから【僕】から【俺】に戻していた。特に違和感は無かった。口調も、性格も、穏やかな春哉に納まったから。声を荒げて怒る事も殆ど無い。  俺も、年食って落ち着いたとよく言われる。俺からしたら、体力を仕事につぎ込んでるから騒ぐ余力が無いだけなんだけど。  とにかく俺は、この時店にあったカスミソウで小さな花束を作って、、あの日と同じスプレーマムを2輪持って。  『色々、約束破ったりしたけど……。』  スプレーマムは1輪ずつ、お互いの耳に引っ掛けた。20超えた男のする事じゃないんだそうけど。  破った約束で一番大きかったのは、一緒に暮らしたら一線越えるというやつ。結局、俺が我慢出来なくなって、専門を卒業して1人暮らしを始めた時に春哉を襲ってしまった。春哉は、仕方ないと笑ってたけど、よく我慢出来たねと関心されてしまった。  『傍にいてくれてありがとう。俺を、選んでくれてありがとう。これからもずっと、好きで愛してる。これからも傍にいて下さい。』  そう言って、花束を渡した。  カスミソウの花言葉は、感謝・幸福・無垢の愛。  春哉はその花言葉を呟いて、『本当に、人タラシだね。君は。』そう言って困った様に笑って受け取ってくれた。  だから今は一緒に暮らしているし、一緒に仕事をしている。まぁ……年食ったけど、夜はそれなりに。  ***  それで、今の話しだけど。  夜、春哉は実家から夕飯に呼ばれたと言った。俺はたまには家族で過ごせと言って送り出した。そのすぐ後、俺は蓮と誠に連絡を取ってみた。賢悟と辰彦は、別の街に引っ越していたからだ。  「ここにあるのは、1組の指環。」  「そうだな……プラチナか?これ。」  「頑張ってみた。」  「お前にしては頑張ったな。」  蓮は案の定連絡が取れず、空いてると言ってくれた誠を居酒屋に呼び付けた。  30になった今年、俺はこっそりと指環を買った。シンプルな物。所謂、結婚指輪だ。指環とかいらないと言われたけど、年を重ねる毎に綺麗になり男の美しさを纏い始めた春哉が店先に出ると、女性客が集まる。たまに、男性客も虜にしてしまうから牽制したい。あと、単純に俺があげたいと思ったからだ。  「どうやって渡せば良いんだよ……。」  「それ聞きたくて呼んだのか?」  「そう……。」  「くだらねぇ……花屋らしく、ボックスに花と詰めて渡せよ。」  「……相変わらず雑な。いつもなのか?それ。」  「……そういえば。去年、加湿器が俺の書斎に置いてあったな。」  携帯で見せてくれた写真には、走り書きのメモをセロハンで貼られた加湿器。マジで雑。メモには【今日は泊まり。】と書いてある。  「相変わらず雑だな。」  「こんなもんだろ。」  「それにしても、金持ってんなぁ。お前ら。さすが、外科医と企業弁護士。」  最新の加湿器だ。うちにあるのは、少々古い物。  「2人して趣味らしい趣味なんて無いからな、家具とか家電にしか金掛からない。」  「加湿器良いなぁ……ここ何年か、春哉が乾燥しやすいみたいで冬困るんだよ。うちの加湿器古いし。」  「年取ったな。」  「でも、春哉は綺麗だ。きっと、可愛いじいちゃんになる。」  「はいはい、ごっそーさん。実はな。」  「ん?」  「この加湿器、俺も予約してたんだ。」  「……これ?」  「これ。色も型も同じ。」  「偶然?」  「偶然。仕方ないから、職場宛に変更して倉庫に突っ込んだのは良いんだが貰い手が無くてな。貰ってくれ。」  「くれるなら貰うけど……良いのか?」  「あぁ、埃被らすのも勿体無いしな。」  「おぉ、ありがとな。」  「届けるか?こっち方面来ても、俺がいるか分からんし。」  「あー、そうだな。助かる。」  「いや。それで……どうするんだ?コレ。」  「……はぁああ……どうしよう……。」  渡すにしても、これはいつもと意味合いが違う。将来を誓うんだ、この指環に。俺と、春哉の将来を。  酒の力を借りたら、きっと春哉は受け取らない。むしろ怒るだろう。  「……普通に渡すかぁ……。」  「そうしろよ。」  「……貰ってくれるかな。」  「貰うだろ。」  誠の指には、学生の頃の指環は無く別の物が嵌っている。少し武骨だ。幅広で、厚いプラチナリングには一粒だけダイヤが嵌ってる。  その指から、学生の頃の指環がなくなったのは卒業してから。どうしたのか聞けば、首にチェーンを通してぶら下げていた。それもなくなったのは、誠が弁護士の資格を取り就職もした頃。職場にカミングアウトするまではしないと決めたらしい。そういえば、嵌ってるって事はしたんだろうか。  「なぁ。」  「ん?」  「カミングアウト、したのか?」  右手の薬指に嵌るそれを指差しながら、誠に聞いてみた。  「……俺か?俺はした。少し前に、同性愛者の人が関係した案件があってな。その時、ちょっと事務所内で揉めたんだよ。」  「揉めた?何で?」  「最近の若いのって、ニュースとか関連の番組見て慣れてるんだろうな。同性だろうが、愛し合ってるなら良いじゃないか。って意見でさ。所長もな、けっこうな爺さんなんだけど好々爺でな。ニュースも、お笑いも何でも観る方だから所長も若いのと一緒の意見でさ。」  「うん。」  「でも、俺の上司って言うか……先輩方だな。頭固くてなぁ。気持ち悪いとか、案件を断れとか。まぁ、否定的だったんだよ。」  「あー、それで?」  「俺は会議とか嫌いだから黙ってたんだが、正直無意味な会議だとしか思って無かったんだ。どうせその案件俺のだしって。」  「うん。」  「そしたら、先輩方が俺にどう思うか聞いてきたわけだ。」  「それで、言ったのか。」  「言った。俺は元々ノーマルだけど、今は同性の恋人と住んでます。指環も貰いました。って、言っちまったんだよ。」  「そしたら?」  「俺、自分で言うのもなんだけど有能なんだ。だから、下手な事言えなくなったんだな。先輩方皆黙っちまって。証拠持って来いとかほざくから、家の写真と母親の証言と丁度休憩時間だった蓮を事務所に連れてって紹介した。」  「……やる事が極端過ぎる。」  「無意識にかなり頭に来てたみたいだな。蓮が何事って目で見るから、俺と暮らしてること洗いざらい吐けって言って吐かせた。」  「可哀想な蓮。吐いたのか。」  「吐いたな。あの馬鹿、高校の時の話しから始めるからどうしようかと思ったけど。」  「あいつ、どっかしら天然だよな。」  「まぁな。だから、もう着けてる。顧問で付いてる社長とかに、いつの間に結婚したんだって聞かれるのは面倒だったけど。」  「その辺どうしたんだ?」  「しましたって言ってる。嫁は見せませんし、子供はいません。って言う。」  「それどうなの?」  「さぁ?向こうは勝手に独占欲が強いと思ってるみたいだな。子供も、俺が子供嫌いだと思われてるみたいだ。」  「はー、凄い。」  「というか、お前本当にどうするんだよ。」  「……渡します、明日にでも。」  「渡したら教えろよ。」  「あぁ。悪いな、こんな居酒屋に呼び出して付き合わせて。」  「気にするな。むしろ、良い所に呼ばれても困る。」  「え、嫌いなのか?」  「苦手だな、堅っ苦しくてイライラする。」  「接待とかどうすんの?」  「ひたすら飲んで我慢。」  「そら、酒強くなるわけだわ。」  「つっても、俺は明日もあるから長時間は付き合えないけどな。」  「分かってる。」  今日はもう、飲むしかない。どうせ明日は、定休日だ。誠は、相変わらず口は悪いが良い奴だ。  誠と分かれて家に帰ると、春哉が戻っていた。  「お帰り。」  穏やかな微笑みで、迎えてくれた。  「ただいま。」  俺が飲みに行ってた事には何も言わず、実家でこんな事があったと笑顔で話し始めた。  「でさ、心に彼氏が出来たって知った夏生が……龍司?眠い?」  「いや……。」  「……お茶、淹れようか。」  俺の何かを察してくれたのか、席を立って台所に向かう。俺はその後姿を眺めて、ポケットに入れていた小さな箱を握り締めた。  「はい。」  「ありがとう。」  「どうかした?」  「……今日、そんな飲んでない。」  「分かってる。そんなに匂わないし。」  「今、意識ハッキリしてる。」  「うん。」  俺は、テーブルの上に箱を置いた。シンとした部屋が、俺の肩に重く圧し掛かる。  「……俺、いらないって言った。」  「言われた。でも、お前、なんか、年取るにつれて色気っつうか……店先に立ってると、お前目当ての客多いし。その……。」  「不安?」  箱を指先で持ち上げる。瞼を伏せて、箱を眺める。その仕草は、ずっと変わらない。本好きも、変わらない。同じ様な仕草で、ページを捲る姿が好きだ。  「……不安も、ある。けど、俺がお前にあげたいと思った。」  「そう……。」  コトリ。と、小さく音が聞えた。春哉が箱を置いた音だ。それからゆっくりと、春哉は箱を開けた。  「それで?これは、どういう意味の物だと思えば良いの?」  「どういうって……どういう?」  「親密な友人?恋人?夫婦?」  「……夫婦。」  「なら、貰ってあげるよ。」  にっこりと笑って、そう言った。俺はイマイチ質問の意味を理解しきれなくて、夫婦というワードが出たから答えただけだった。「お揃いだねぇ。」なんて、のん気な声を出してる。夫婦。指環の意味は、夫婦になるという事で良いのかって確認か?結婚指輪だから、そのつもりで買ったし……。  「……ん?」  「どうかした?あ、ねぇ、これさぁ、女性物?だよね?君、どっちが良い?」  「夫婦になってくれんの?」  「何言ってんの?そのつもりで買って来たなら、なるよ。」  「お?急展開でワケ分からん。」  「急展開でも無いでしょう?ねぇ、君どっちが良いの?って。」  「結婚しよう!!」  「……籍は海外行かないとねぇ。それか、引っ越さないと。自治体によるから。それでさ、人の話し聞いてる?」  「式どうする?」  「馬鹿なの?久し振りに怒鳴ろうか?」  「……だって。何か、何かさぁ。」  「君、はっきり言わないから。ねぇ、だからどっち?って。」  「何か、受け取ってくれなかったらどうしようって思った。誠に相談した。」  「……あぁ、一緒に飲んだ?」  「うん。加湿器くれるって。」  「そう、それは助かるね。だから、ねぇ、人の話し聞こうか。そういう所、変わらないね。」  「……大事にする。」  「その言葉を何回聞いた事か。ねぇ、どっち?」  石の付いているのと、付いてないのを箱から取り出し俺の目の前に突き出す。  「どっちも何も、指の太さ違うだろ?」  「そう?俺、こんな細い……あれ?えぇ……何か、敗北感感じる。」  2つ共指に嵌め、石の付いていない方がブカブカだと言う。そりゃそうだ。俺のサイズだからな。ていうか――。  「俺の指でよがったい!!箱も大事にしろよ!!」  「君が馬鹿な事言うからだろ!!親父みたいな事言うな!!」  高校の頃から変わらない言い争いも、今じゃ日常の一部で。  春哉と一緒に生活するのも、仕事するのも今じゃ日常の一部。  だから、この指環も。これから俺達の日常の一部になれば良いと願う。  これで俺達の話しは、本当におしまいだ。  ここまで付き合ってくれて、ありがとう。じゃぁな。また、どこかで会えたら良いな。

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