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最後の夏休みと受験と――。
「……私、天国に来てしまったんでしょうか……。」
今日は朝からプール日和の天気です。おはようございます、龍司です。通常運行の弟の彼女、桜ちゃんです。
待ち合わせは9時。今日は夏生さんと一緒に心ちゃんは来て、龍太は1人早く出て桜ちゃんを迎えに行ってから現れた。待ち合わせ場所で簡単に初対面組の紹介を終えてすぐ、桜ちゃんの発言がこれだ。
「心、今日はこのお姉ちゃんと着替えるんだぞ。」
「うん。」
「春哉さん、お兄さんと似てらっしゃるからイケメンですね。」
「そう?本人に言ったら、調子に乗りそうだね。」
「心ちゃんも可愛らしいです。」
「ありがとう。でも、どうしても甘やかしてしまうよね。」
「分かります。こんだけ可愛いんですもの、仕方ないです。あ、ふと思ったんですけど。外のプール行くってなったら男子更衣室で着替えてたんですか?」
「いや、そもそも行かなかったね。やっぱり、まだ小学生って言っても低学年だし。人多い所だと、迷子とか怖いでしょ?それに、夏生がねぇ……。」
「お兄さん?が、どうしたんです?」
「娘の柔肌を太陽と男共の目に晒す位なら、夏は家に閉じ込める。って豪語する人だから……。」
「あぁ……お察しします。」
「行けても図書館とかだよ。涼しいし、漫画もあるしね。」
「成る程です。」
桜ちゃんと春哉の会話を、心ちゃんは春哉の隣で聞いていた。自分の事を話してるとは分かってるみたいだが、それよりも桜ちゃんに興味があるらしい。まぁ、心ちゃんの周りの女性って言ったら、俺達の母親とか社長夫人とかだもんな。
「心?どうしたの?」
「かみの毛、キレー。」
「え、私?」
今日は真っ白なワンピースの桜ちゃん。眩しいね。心ちゃんは、水色のワンピース。姉妹に見えなくも無いな。
「うん。」
「えへへ、ありがとう。」
男塗れの中に、女子2人。駅前の隅とは言え、大所帯だ。そろそろ行こうと、誰かが言った。心ちゃんは、春哉や夏生さんではなく桜ちゃんと手を繋いだ。
「あ、私で良いの?」
「うん。今日お姉ちゃんは、心のお姉ちゃんなの。」
心ちゃんのこの言葉に、桜ちゃんは空いてる手で自分の目を塞ぎ呟いた。
「……尊い……。」
あー、通常運行ですね。元気そうで何より。
「撮ってやろうか?」
「撮ってぇ……尊いよぉ……。」
龍太が桜ちゃんの携帯で心ちゃんとのツーショットを撮ってから、俺達は意気揚々とプールへと向かい始めた。
***
「……何故、こういう施設は撮影禁止なんでしょうか……私、ちょっと抗議したいです。」
皆さん良い体です。なんて、うっとりしながら言ってるのは分かるけど、何だろうね。背筋がゾクゾクして寒い気がするよ。
夏生さんは一足先に着替えが終わって、心ちゃんが出てきた瞬間親子で子供用を捜しに行ってしまった。そりゃもう、素晴らしいはしゃぎっぷりでしたよ。
「弟君の彼女って、面白いねぇ。」
「飽きませんけど、イベント中に連絡とると激怒されますけどね。」
「うわぁ……ガチだねぇ……。」
ちなみに。男共はそれぞれ色とりどりの海パンですけど、桜ちゃんは気合が入ってます。心ちゃんのはまだ見てないよ。出たらいなかったんだもん。
黒い水着なんだけどさ、何?なんか、首の後ろで結ぶやつ。あれ。あれでさ、 背中ばっくり見えてんのね。弟が上に何か着ろってちょいちょい煩い。
「さて……どうする?」
誠の声に、賢悟が片っ端から回ろうと言い始めたので、片っ端から行く事にした。夏生さんと心ちゃんは、お昼頃捜そうって事になった。
***
「イカ焼き美味いけど、ビール飲みてぇ。」
「我慢して。」
「お父さん、お酒くさいのや。」
「……ちょっとお茶買ってくる……。」
「カレー美味しい。」
「カレーうどんも美味しい。」
「ハンバーガーもイケる。」
「ポテトくれ。」
「あ、俺も欲しい。ラーメンやるから。」
「焼きソバ一口あげる。」
「あんがと。」
昼ご飯ナウです。
心ちゃんと夏生さんは、案の定子供用の流れるプールにいて夏生さんが物凄いはしゃいでた。全力だった。浮き輪やら、なんやらについては皆心ちゃんの為だったけど夏生さんのはしゃぎっぷりに皆なんかほっこりしてた。俺もだけど。
「心ちゃん、午後はお姉ちゃんとこのお兄ちゃんとお父さんと一緒に温水プールの方行ってみない?」
「温水プールなんてあんのか?」
「何か、温泉位に温かいみたいですよ。あと、マッサージとかもあるみたいです。無料ってありましたよ。」
「へー、まじで?心、行ってみっか。」
「うん!!えへへ、お姉ちゃんありがとう!!」
「え、どうして?」
「お父さんもって、言ってくれたから!!おしごとでね、たまにしか遊べないからうれしい!!」
「……くっ、眩しい……尊い……。」
「春、俺今日死ぬんかな……娘が良い子過ぎる……。」
いつも通りの光景を、俺達は1つのテーブルを囲んで眺めて。午後はとりあえず、4人とは別行動になった。まぁ、午前中にあらかた回ったんだけどね。だって、人すげぇんだもんよ。入れてもすぐ出ちゃった。
皆ご飯を済ませて、桜ちゃんと龍太。心ちゃんと夏生さんは建物の中へと行ってしまった。浮き輪?心ちゃんに1つ渡して、あとは俺達が持ってる。浮き輪が2つと、ボールが2つ。
「どうする?」
「流されながら考えようよ。」
賢悟の発言に俺達は乗り、流されながら考えてみる事にした。浮き輪の1つは、賢悟に渡した。ピンクの花柄のやつ。皆、突っ込むつもりはない。何ていうのかな、見慣れた。もう1つ、青いのは俺が持ってる。ボールは誠と蓮が1つずつ。
「賢悟、走らないでよ?」
「は、走りませんよ。春は心配性だな。」
駆け出しそうな体勢だけど。俺は心の中で思う事にしたが、辰彦は同じ事を口にした。
「やめてね、どうせ転ぶんだから。」
「ひでぇ!!」
「今日は保護者が2人いるな、賢悟。」
「うっせ!!」
いつものメンバーで流されてきます。
***
「なんていうかさぁ……洗濯物って、こんな気分なのかな?」
「もうちょっと、速いと思うよ。」
賢悟と辰彦の会話がおかしいです。浮き輪を使って浮いてるのが賢悟で、その浮き輪に捕まってるのが辰彦だ。
「眠くなってくるね。」
「だな。」
俺と春哉も賢悟達と同じ様な格好で流されてます。
ボールをビート板みたいにしてるのは、男前2人。こいつら、さっき流されながら逆ナンされてました。相手は女子大生だったらしい。
「そういえばさぁ、春はいつ蓮を蓮って呼ぶの?」
なんつう所でぶっ込んで来てんでしょうね、この子は。
「え?あー、今更ねぇ……。」
「あぁ。」
「ふぅん?でも、何か1人名字って変くない?」
「そうか?」
賢悟の言葉に、蓮は首を傾げた。
「賢悟、そういうのは春哉の心構え次第だ。放っておいてやれよ。」
誠、ナイス発言。
「まぁ、そうだけどねぇ。でも春が蓮って呼んだら、龍司が爆死しそうだね。」
「え、俺爆死すんの?」
「春が、蓮って呼んでる姿目の当たりにしたら?」
春哉が、蓮を蓮って呼ぶ。どんな顔で?笑顔で?
「……あ、爆死する。嫉妬で爆死する。」
「何でよ。」
「馬鹿だから。」
「誠が酷い。」
「俺は別にどっちでも良い。つうか、下の名前で呼ばれる方が少ない。」
その蓮の発言に皆驚いた。
「は?何で?」
「さぁ?学校の奴らは前原って呼ぶし。あと、親と手伝い位だな。下で呼ぶの。」
「へー、何でだろ。」
「進学校だし、ライバルと思って一線引いてるんじゃないか?」
水に浮かんで流されながら、ちょっとした闇覗いた気分です。
「だから、蓮って友人に呼ばれるのは高校入って初めてだったな。」
「へぇ……あ、俺もさぁ高校入って龍司と真っ先に仲良くなったんだけど、龍司だけだった。」
「何が?」
「第一声が小さいじゃなかった。」
「……そだっけ?」
「うん。どっちかっていうと、辰彦に興味行ってた。」
「あー、龍の字が違ったけどな。」
「俺は春哉が最初だな。」
「あ、そうだったね。教科書落として、僕が拾った。」
「そうそう。」
「そしたら誠、会釈だけで教室戻ろうとしたから引っ掴んで叱っちゃった。」
「引っ掴むだけじゃなくて、ロッカーに押し付けられたけどな。」
「……そんな事した?」
「した。何こいつって思った。」
「え、今更だけどごめん。」
「胸倉掴んで、お礼を言わないと駄目だよ。ってにこやかに言うから、こいつヤバイって思ったけど。割と常識人だったからびびった。」
「君、ちょいちょい失礼だな。」
炎天下。キラキラと光るプールの水。沢山の話し声と笑い声。俺達の昔話。蓮は俺達を眩しそうに見るもんだから、俺は何故かちょっと悲しくなった。
将来の為とはいえ、進学校に行って予備校まで行って。俺だったら嫌になって、逃げ出してる。こいつも、俺達と同じ学校に来てたら何か違ったんだろうか。春哉と誠、どっちを選んだんだろう。それとも、女子と付き合ったりしたんだろうか。
「俺の顔に何か付いてるか?」
「……ムカつく程整った顔のパーツしか付いてねぇよ。」
まぁ、今更どうしようもない。受験が終わったら、またこうして遊べば良い。たまにで良い。月に1回でも、何ヶ月に1回でも、年に1回でも。
会って、久し振りって笑い合えたらそれで良いかもな。
「……そりゃどうも。」
「どーいたしましてー。」
大人になればバカを言わなくなるかもしれないし、賢悟と辰彦は結婚して子供もいるかもしれない。この中の誰かは、仕事を変えるかもしれない。
それでも、こうして笑えたらそれで良いな。
***
夕暮れの中、待ち合わせにも使った駅で俺達は解散した。
龍太は桜ちゃんを送ると言って、心ちゃんは嬉しそうに夏生さんと手を繋いでそれぞれの道を歩いていく。俺達はそれを見送って、またバカみたいに話しながら誠の家へと向かった。
帰るとマコママが笑顔で迎えてくれて、夕飯が出来てると言って。俺達は夕飯の席で今日の事を沢山話した。
夜も深くなって、順番で風呂も済ませて。明日、朝が早い俺は、一足先に眠った。
***
水曜日はあっという間に来て、その早さのまま夏休みも終わってしまった。夏休み最終日のバイト終わりに、マコママにお守りを貰った。『きっと受かるわ。大丈夫、自身を持って。』そう言ってくれた。
夏休みが明けて少しして、3年は自由登校が始まった。
家で勉強は気が散ると言うクラスメイトや、予備校前に自習しておくとか言うのが来ている。春哉は、とりあえず受験第1回が終わった俺と賢悟と辰彦の為に、毎日登校して勉強を見てくれている。誠もいるけど、隣の席で黙々と参考書とか過去問とかやってて、急に立ち上がったと思ったら職員室に行って先生に聞いてるみたい。
ちなみに、俺達専門組のAO発表は来月。それが終われば、推薦と一般だ。AOは皆、第一志望に出した。
誠と蓮は、1月の入試に向かってる。書類とかは、よく知らない。慌ててる様子も無いし、先生も皆協力してるみたいだから、ミスは無いと思う。
ともかく、受験が始まって俺達は外で皆で集まる事が無くなった。
***
とまぁ、受験が始まったわけで。俺も忙しくなるわけで。
俺の話しっていうか、皆の話しはとりあえずここまで。次は何年後かの俺にバトンタッチするね。付き合ってくれてありがとう。
頑張って皆で受かるよ。ばいばい、またどっかでね。
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