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最後の1週間。

 「母ちゃん、誠ん家に1週間泊まってくる。」  そう切り出したのは、夏休み初日の夕飯の席。  「は?1週間も何すんのよ。」  「勉強会とプール行って来る。」  「プール行きたい。」  目出度く高校生になった我が弟、最近遠慮する気持ちというのをどこかに落として来たらしい。身長急に伸びやがって。170越えたとかこの野郎。  「行きたいっつったって、部活どうすんだよ。」  「1日位なら、家の用事って言う。」  「あら?でも、お盆は休みよね?」  「盆?あれ?あ、お前行ける?ん?……おい、携帯貸せよ。」  「何で。」  「カレンダー見たい。」  「あんた達、食事中よ。」  「まぁまぁ、予定立てる位良いじゃないか。」  「もう。」  「……ん。」  「ん、さんきゅ……あー、あ、この日曜に行くんだよ。水曜から泊まって、日曜春哉の兄ちゃんと心ちゃん入れてプール行って、水曜の夜帰ってくる。」  弟から借りた携帯を返すと、弟がまた何か操作して俺を見た。  「……休みだ。」  「そうかよ、言ってみるわ。」  「桜も。」  「分かってるよ。」  早速夕飯を済ませてから、グループラインで呼び掛けた。弟と桜ちゃん追加でと言うと、夏生さんが誰だそれと送って来た。この人、学校……は、夏休みか?まぁいいや。  夏生さんに、桜ちゃんは自分の弟の彼女だと教えた。最近のガキは手が早いとか言ってたけど、皆無視して桜ちゃんにデジカメ禁止って言わないととか注意事項を伝える様頼まれてしまった。   夏【無視かよ!!】   春【隣で叫ぶのやめて。】  何この兄弟。隣同士並んで座ってラインしてんの?可愛過ぎかよ。  賢悟【何か、龍司から不穏な空気感じた。】  龍司【何の事やら。】  賢悟【逃げて!!春逃げて!!】  龍司【ぐへへ、怖くないよー。】   誠【話し変わってんぞ。】  龍司【さーせーん。】  賢悟【ごめーん。】   蓮【舐められてるな、誠。】   誠【2人共、マジで俺と会った日が人生の最後だと思ってろよ。】  龍司【やべぇ。】  賢悟【まじか。】   夏【お前らホント仲良いのなー。】   春【ねぇ、ホント隣に居るからって俺に視線向けないで。】   夏【口で言えよ。】   春【やだよ。】   春【夏生が泣いてるから慰めてくる。】  ……可愛過ぎかよ!!  夏生さんも復活してから、改めて皆にOKを貰った。俺は隣の壁をノックして、大声で弟を呼んだ。龍太はすぐに部屋に来た。  「何?」  「桜ちゃんに連絡した?」  「いや。」  「日にちが合えば、来て良いって。でも、プールだからデジカメ禁止な。あとさ、うちって浮き輪あった?」  「無いだろ。俺達普通に泳げるじゃん。」  「だよな。桜ちゃんに持ってないか聞いてくんない?心ちゃんの為に。」  「分かった。」  部屋のドアから顔を覗かせた龍太と簡単に話し、俺はラインに意識を戻した。弟に話した事を告げ、行く予定のプールがどういう所かの話しに混ざった。  暫くして、部屋のドアがノックされ弟が顔を見せた。  「どしたー?」  「ボールと浮き輪、どっち?って。」  「えぇ?待ってなー。」  弟が部屋に入って来て、俺のベッドに腰掛ける。俺は横になっていて、その足辺りに座った。  「スプリング壊れる。」  「壊れるわけねぇだろ。」  「お前、マジで遠慮って気持ちどっかにぽろっと落としたんじゃね?」  「兄貴に遠慮しても仕方ない。」  「ひでぇ。」   蓮【持ち込みOKとしか書いてないから、両方持ってくれば良いんじゃないか?】  辰彦【あ、じゃぁ俺も持って行くね。うちはもう、使わないから。】  賢悟【おっきくなったよねぇ。】  辰彦【家族で出掛けるの恥ずかしいって年頃だよ。】   夏【やめろ、心がそうなると思うと死ねる。】  賢悟【いずれ結婚。】   春【賢悟、水曜日ね。】   夏【人生最後の日が早まったなチビ。】  賢悟【ついいつもの癖で墓穴掘った!!】  リアルに笑って弟に変な目で見られた。  「おぅ……どっちも持って来てくれませんかね?」  龍太は俺を冷たい眼差しで見てから、手元の携帯に無言で視線を落とした。  「兄貴。」  「んー?」  「童貞切ったのいつ?」  「……え、ラインに流せってフリ?」  「したら全力で嫌う。」  「あ、ごめん。えぇ……?高1の、夏、の、終わり?かな。」  「どこで?」  「相手の家。共働きの家でなぁ、課題やりに行って流れで。まぁ、そういう話しは最初からしてたから、ゴムだけ持ってったけど。」  「ふぅん……。」  「……桜ちゃん?」  「何か、誰から聞いたんだか好奇心が勝ったみたいで。」  「青春だぁねぇ……でも、早けりゃ良いってもんじゃねぇし。ちゃんと話してみたら?お前、その気あんまねぇだろ。」  「まぁ……何か、早いかなって。」  「なら、そう言えば良いよ。」  「うん。」  まさかの相談にちょっと焦った兄貴の俺。龍司です。びびったぁ。変な事答えてないよね。大丈夫だよね。  気が付けば春哉が沈没したというラインが入っていて、そろそろ終わるかと皆が言い出した。時計を見れば10時半。俺は弟にそろそろ寝ろと告げ、部屋から追い出した。  ラインも、皆でお休みと言い合って終わった。  ***  「心、夏生が休みに入るまで誠お兄ちゃんのお家で一緒に留守番しようね。」  「うん!!パンケーキ食べれるかなぁ?」  「うーん、どうだろうねぇ。誠お兄ちゃんにおねだりしよっか。」  「するー!!」  目の前に、天使が2人いるよ……。  予定の日はあっさり来て、夏生さんの夏休みは少しずれているらしい。今週の祝日は休みで、土曜日は出勤。日曜のプールに参戦して、やっと夏休み。という日程らしい。  『人様の家建ててるわけだし、休みズレんのは仕方ねぇよ。』  夏生さん、男前です。  それと、あらかじめ春哉が暫く帰って来ない事は心ちゃんにも話したらしい。泊まりたいと言われたらしいが、勉強しかしないと春哉が言ったとか。心ちゃんは絶望的な顔をして、首を横に振ったそうだ。勉強嫌いは、夏生さんの遺伝かね。  「心、俺が作り置きした夏生の水筒の中身はどこかな?」  「れーぞーこの中に、おっきいペットボトルが5本入ってるから、お父さん帰ってきたら水筒あらってもらって、入れてあげる。」  「そうだね。ご飯はどうするんだっけ?」  「えっと……ちゅうかイヤって言う。」  「何で?って夏生に言われたらどうするんだっけ?」  「お父さん太っちゃうのイヤって言う。」  「そうそう。よく出来ました。」  マジで大黒柱の扱いひでぇや。  待ち合わせの時間は特に無し。ただ、午後に来いと誠が言うので各自昼飯食ってから集まろうという話しになった。今は14時。俺は春哉と心ちゃんと行く。バイト?今日は休みだってば。明日は行くよ。マコママと開店準備すんの。朝5時起き。やべぇ。  「出掛ける時はコンセント抜くんだよ。」  「うん。」  「ガスの元栓も、夏生に言ってね。」  「うん。」  「あー、春哉君?その辺は夏生さんに言うべきじゃね?」  「……それもそうか。じゃ、帽子被って。」  「んっ!!」  「はい、じゃぁ行こうか。」  「はーい。」  「はーい。」  「……龍司、可愛くない。」  「マジかよ……。」  ***  「マコにぃパンケーキ食べたい!!」  「ぁあ?」  玄関が開くと、誠がいた。その誠に向かって、心ちゃんが叫んだ。  「おい、心。人様の家来て第一声がそれか?」  「……あっ、こんにちは!!おせわになります!!」  「よし、手ぇ洗って来い。」  「はーい。おじゃましまーす!!」  「……相変わらずのテンションだな。」  「マジエンジェル。」  「うっざ。」  「マジで俺の扱い雑になってきてるよねぇ。」  「あはは。」  「ま、入れよ。」  「お邪魔します。」  「お邪魔しまーす。」  誠は荷物は自分の部屋では無く、物置きと化している空き部屋に置けと言った。春哉と俺は言われた場所に荷物を置いて、気が付いた。  「予想通り、賢悟と辰彦まだだね。」  「そうだね。」  荷物は1人分。多分、蓮の荷物だ。  適当に勉強道具も持って、誠の部屋に寄って道具を置いて。それから俺と春哉も手を洗いに向かった。その途中、誠に脇に抱えられて運ばれる心ちゃんを見た。  「えぇ……。」  「あれ、腕疲れないのかな?」  なんて2人で話して、手を洗ってリビングに向かった。  「あれ?マコママは?」  リビングには心ちゃんと誠しかおらず、テレビが点いていた。相変わらず、心ちゃんは誠の腕の中だ。腕の中というか、コアラみたいになってる。  「撮ったら殴る。」  「……心ちゃんオンリー。」  「許す。」  「待ってよ、僕に許可取って。」  「えぇ……撮りたい……。」  「僕にも送って。」  「了解!!」  「で、お母さんはどうしたの?」  「蓮と買い物。」  「息子置き去りでか?」  「家の奴誰かいないとだしな。」  「パンケーキはー?」  ゆらゆらと心ちゃんが動くと、誠もゆらゆらと揺れる。面白いのか、心ちゃんはずっと続けている。  「ちょっと待て。春哉、携帯取って。」  「うん。というか、重くない?大丈夫?」  「平気。」  心ちゃんがしがみついているから片手で携帯を操作して、どこかに電話を始めた誠。携帯を耳から離し、スピーカーにした。  「心、俺の母親が出るから挨拶して、【マコママ、パンケーキ食べたい。】って言うんだ。良いな?」  わー、優しい顔してるぅ。誠も、妹とかいたらこんな顔すんのかな。  「うん。」  『もしもしぃ?誰か来たのかしら?』  「こんにちは!!マコママ、心パンケーキ食べたい!!」  『……もうっ、ママ頑張っちゃうわね!!』  「つうわけで、春哉と龍司来たって蓮に言って。じゃ。」  誠、容赦なくアッサリと電話を切りやがりました。  「いつもありがとう、良くしてもらって。」  「別に。娘みたいに思ってんだろ。俺はもうでかくなったし、親父はたまにしか帰って来ないし。たまの楽しみってやつだろ。」  「なぁなぁ、俺も心ちゃんにコアラされたい。」  「良いよ!!」  ずるずると誠から降りて離れて、俺に飛び付いた。  「わーい、撮って撮ってー。」  ゆらゆらと大げさに揺れてやると、心ちゃんが笑ってくれた。  4人でそんな事して遊んでいたら、玄関のチャイムが鳴った。誠は玄関に向かい、俺は心ちゃんと春哉と戯れて待った。  聞き覚えのある楽しそうな声に、心ちゃんも誰が来たのか分かった様だ。またずるずると俺から降りて、辰彦の所に行ってしまった。  「けんにぃと、たつにぃ!!こんにちは!!」  「こんにちはー、よく覚えてましたーせーかーい。飴ちゃんあげよー。」  「やったー!!」  「こんにちは。偉いねぇ。」  「わーい!!」  挨拶を聞いているんだかいないんだか、心ちゃんは辰彦におんぶをせがんで辰彦は腰を降ろした。  「ホント、人見知りしないねぇ。」  「夏生があぁだからね。」  「ていうか、心配じゃない?逆に。ホイホイ着いて行きそう。」  「その辺は、大丈夫。防犯ブザーも持たせてるし、いざという時はランドセルで急所を狙えって2人で教えてるから。」  「わぁ、物騒。」  「さすが夏春兄弟。」  一気に賑やかになったリビングに、また人が増えた。大荷物を持たされている蓮と、にこやかなマコママが帰って来た。  「あらぁ、賑やかねぇ。」  「「おかえりなさーい。」」  そう声を揃えると、何かが嬉しかったのかマコママは目を閉じ余韻に浸っている様な顔をした。蓮は気にせず、荷物を台所に置いている。  「はぁ……もう1人か2人、子供が欲しくなるわねぇ……賑やか大家族、良いわぁ。」  「今からでも遅くねぇだろ。」  「あら、マコちゃんったら。妹と弟どっちが良い?」  「妹。頑張れ。」  「パパ、嫌がったりしないかしら……。」  「親父が母さん拒否とかありえねぇから。」  「……ママって呼ばれたい……。」  しゅんとした顔で誠をじっと見つめるマコママ。マジで顔文字みたいなしゅんの仕方。  一方、誠本人。すっげぇ嫌そうな顔して携帯弄ってる。え?心ちゃん?蓮の所にいるよ。挨拶して、一緒に冷蔵庫に荷物入れてる。俺はそれ眺めてる。はー、可愛い。  あ、舌打ち聞えた。  「ママーココロガパンケーキタベタガッテルヨー。」  なんつー棒読み。  それでもママと呼ばれたのが嬉しかった様で、床に座る誠にジャンピング抱き着きして頬ずりまでしてる。誠?超嫌そうで邪魔そうに携帯眺めてる。  「マコちゃん可愛い!!」  「マジで眼科行って来い。あと邪魔、ホントに。蓮と心に荷物整理任すな。」  「あらやだ!!」  ばっと離れてマコママ台所へ向かいます。  「マコちゃん可愛い。」  「賢悟、そんなに人生終わりたいのか?」  「わー、ごめんなさーい。」  マコママがもういいとでも言ったのか、心ちゃんが俺達の所に戻って来た。今度は春哉の膝に座る。そのすぐ後に、蓮も来た。床に座る誠の隣に座った。お揃いの指環がマブシイデスネー。  暫く高校生組で模試の結果やら、勉強の調子やらを言い合った。誠も調子が良い様で、無料で受けられる模試をマメに受けてるらしい。  蓮と同じ様に、何事も無ければ受かるそうだ。とはいえ、油断は出来ないからと推薦も受けるし一般も受けるしで夏休み明けは皆忙しくなりそうだ。  「ていうか、そろそろ笑って良い?」  「俺も限界。」  「……あぁ、俺か。笑っても良いが、過ぎると後が酷いからな。」  「……レンレン髪黒ーい!!」  「すっげぇ黒いじゃん!!」  そう、蓮の髪が真っ黒なのです。染め直したばかりですと一目で分かる位、黒いです。誠?元々そんなに明るくないからね、すぐに黒く戻したみたい。  「学校で模試があって、参加したら指導室でやられた。」  どうやら、帰り際に担任に呼ばれて無理矢理染められたそうだ。  「マジか、でも何で?」  「大学入試の推薦も受けるなら、黒くして写真撮れって。」  「あー、そういう。」  「成る程なぁ……。」  しっかし、マジで似合わないなぁ。見慣れてないだけなんだろうけど。  「黒くすっと、幼く見える不思議。」  「ぶはっ。」  「賢悟、俺も男だ。腹に1発位、ちゃんと当てるぞ。」  「すいません!!」  今度はプールの話しになり、心ちゃんもコロコロ笑いながら会話に参加して皆で喋っていたら甘い香りがしてきた。  「誰かー、お手伝いしてくれるー?」  「あ、僕行くね。」  「俺も行くよ。」  マコママの声に、すっと立ち上がった春哉と辰彦。心ちゃん、俺の膝にウェルカム。  「ん?あれ?心ちゃん、髪の毛良い匂いすんね。」  「ホント?変えたんだよー。」  女子だー。  「えー、どうして?」  「いつものがね、売ってなかったんだって。でね、春にぃと買いに行って見つけたの。ハチミツのにおいするの。」  確かに。ハチミツの香りがする。  「超良い匂い。」  「ホントー?良かったー。」  すんすんと匂いを嗅いでいたら、誠に変態と言われてしまった。むっとしてしまい、嗅いでみろと心ちゃんを抱えて立ち上がり誠の目の前に座らせた。  「はい、どうぞー。」  まぁ、察しの良い子。誠に旋毛を向ける。誠もここまで来たらと髪に鼻を寄せた。  「あ、すげぇハチミツ。」  「でしょー?」  「俺も俺も。」  「良いよー。」  「ハチミツだ!!」  「レンにぃもどーぞ。」  「は?あ、すげぇなこれ。」  「おっと、レンにぃ甘い物苦手なんだよー。」  蓮の顔が歪んだのを見て、俺は慌てて心ちゃんと一緒に元の位置に座りなおした。  「そうなの?人生の半分は損してるよ!!」  何と滑らかな日本語。これ、絶対夏生さんだわ。  「おぉ……すいません?」  「許す!!」  うん、夏生さんだな。  「皆ー、おやつですよー。」  マコママのはしゃいだ声が聞えた。  ***  「うふふ。」  マコママ、上機嫌です。  夕飯の仕度を春哉と辰彦に任せ、マコママは膝に心ちゃんを座らせ髪の毛を弄ったり頬ずりしたりしてます。夕飯は、パスタとサラダらしいです。  「女の子は良いわねぇ。小さい頃は可愛かったマコちゃんも、今じゃ男の子なんですもの。しかも、不良みたいだし。」  「不良じゃねぇって何回言えば良いんだよ。」  「口は悪いし。」  「親父に言え。」  「はぁ……いつからこんな男らしくなったのかしら……パパに似てイケメンねぇ。」  「はいはい、どーも。」  「心ちゃん?マコちゃんみたいな旦那さんはダメよ?不倫っていう修羅場になっちゃうからねぇ。」  「マコママ、多分分かってないっすよ。」  「……龍司君もダメよ?人に優しくを体現してる子だから、嫉妬に塗れてしまうわ。」  心ちゃん、ぽかんとしてます。  「蓮君もダメよ?あぁいう男性は、人気過ぎて大変だから。賢悟君もよ?可愛い顔して女の子を喰い散らかしちゃうんだから。」  心ちゃん、まだぽかんとしてます。  「喰い散らかすのか?」  「しないよ!!」  「良い?旦那さんにするなら、春哉君か辰彦君か貴女のお父さんみたいな人にしなさいね?」  マコママが首を傾げると、心ちゃんも首を傾げニッコリと笑った。絶対意味分かってないけどな。  のんびりした時間を過ごしていたら、夕飯が運ばれてきた。さすがに、そこは皆手伝った。  あー、勉強嫌だー。でもお花屋さんやるんだもんねー。はぁあああ……。

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