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若者だらけの香具師

物売りや武士、旅人等、様々な人が行き交う江戸の城下町。その大通りは沢山の人で賑わっている。 時刻ちょうど八つ(午後二時)ごろ。 そこのある一画で、人だかりが出来ていた。 ワイワイと盛り上がっているその中から、一際大きな声が聞こえてくる。 「サァサァそこ行く旦那様、お嬢さん。注目注目、ご注目!これより始まるは、かの有名な徳川家康公もご覧になったと言われる居合い抜き!そうですこの江戸をお開きになった家康公でさぁ!サァも一歩前、もう一声!……っと旦那、あまり来すぎちゃ首が跳ねますぜ!」 冗談混じりに呼び込みを始めた若い香具師(やし)の声を聞き付け、次々と人が集まってくる。 その真ん中で立っている男もこれまた若い。 周りの喧騒など聞こえぬといった風に目を瞑っている男は、先程から微動だにしていない。 腰には長い刀が一本。男の(かも)し出す雰囲気から、足早に道を歩いていた町人達も「これは期待できるぞ。」と足を止め始めた。 “香具師(やし)”とは旅をしながら各地をまわる薬売りだ。 大道芸で客を寄せ、見物人を相手に薬を売る。 今もちょうど、長ったらしい呼び込みの口上(こうじょう)に飽きてきた見物人が、近くに開かれた露店を覗いている所だ。 売られているのは胃薬、紅や白粉(おしろい)、歯みがき粉、そして有名なガマの油など。数多く並べられた薬の説明をしているのは若い女だった。 この香具師は全員が十代前後で構成されている。 「若者だらけの香具師」は江戸周辺ではそこそこ有名な一座だ。そして彼等には、ある噂があった。 * 「おっ、やってるねぇ。ようやくこの町にも彼等がやって来たな!」 「ハン、なーに興奮してやがる。餓鬼の居合いなんざ、たかがしれてんだろ。」 その人だかりから少し離れた茶屋の前で、二人の男がのんびりと団子を食べながら話をしていた。 一人は野菜売りのようで、残り三分の一となった大根やら芋やらの入った(かご)を足元に置いている。 もう一人は傘売りのようだが、今日はあまり景気が良く無いようだ。面白くなさそうな顔で悪態をつくと、がぶりと団子にかじりついた。 遠巻きに眺めながらも気になっていた野菜売りは、やがてその噂について話し始めた。 「なぁ、林の旦那、例の男ってのはどいつだろうね?」 「あん?何の話だ?」 「知らねぇのかい!?あの香具師が各地を回ってるのは自分そっくりの顔をした男を探してるヤツが居るから、って話よ!」 「ほーん…」 「あぁ、こんな遠く所からじゃわかりゃしねぇ!もっと近くに行こうや!」 「一人で行ってきな。俺はいい。」 「…何だよ、つれねぇなぁ。」 心底どうでもよさそうな反応にしゅん、と肩を落とした野菜売りは、爪先に被る人の影に気付き、顔を上げた。 「やぁ。少し話を聞きたいのだが…良いかな?」 いつの間に近くに来たのだろうか、目の前には細身の男が立っていた。 「なっ…!?」 男を目にした野菜売りはポカンと口を開けた。 隣の傘売りも同じ反応のようだ。 彼は灰や茶色が主体の自分達とは違い、市松模様が目立つ藍色の着物を着ていた。 右手には煙管(キセル)を持っており、まるで、つい先日見に行った歌舞伎役者がそのまま出てきたかのような格好だ。 それを嫌味なく着こなしているのだから、大したものだと野菜売りは思った。 良く見ると、茶屋を通りすぎる女達がチラチラと横目に彼を見ている。 男は心地の良い澄んだ声で注文を済ませると、二人の向かいに座った。 「あ、アンタまさか…例の噂の…?」 野菜売りは興奮ぎみにそう尋ねる。 聞かれた男はにやり、と不敵な笑みを浮かべた。 「何だ、知ってるなら話は早い。なら、俺が聞きたい事も分かるね?」 「あ、ああ。」 ゴクリと唾をのみ、頷く。 それに笑顔で返し、男は改めて口を開いた。 「では尋ねさせてもらおうか。『この顔と同じ顔の男を、見たことはないかい?』」 「…残念だが、見ちゃいねぇな。」 野菜売りが何か言う前に、傘売りはぶっきらぼうにそう答えた。 「大体お前さん、態度がなってねぇな。人にモノを聞く前に名乗るのが筋ってもんだろ。」 「……ああ、これは失礼した。俺の名は龍。しがない香具師さ。」 「ふん、胡散臭ぇ男だ。」 恐らく偽名であろう男の名に、傘売りは険しい顔をする。警戒心を露にされ、龍は困ったように笑った。 「まぁまぁ林の旦那、落ち着きなさいよ。ところで龍さんとやら、何でそんな質問してるんでい?」 先程からその噂が気になってしょうがない野菜売りは、傘売りをおざなりになだめると龍の方へ身を乗り出して聞いた。 「理由かい?まぁ、良くある話さ。」 「いやいや、お前さん方は各地でそれを聞いて回ってるんだろう?そんな、“良くある話”で済まされる訳ねぇ。」 龍はやんわり誤魔化そうとしたが、野菜売りは尚も食いついてきた。 余程気になるのだろう。 「そうだねぇ…。」 そう言って龍は「彼の商いは読売(よみう)りだったろうか」と苦笑しつつ、運ばれてきた団子を一つ、口に入れた。 「酒の肴にもならない話だろうが…。聞きたいと言うなら話そうか。」

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