2 / 7

昔話

龍と名乗った香具師は、本名を桜坂龍一郎(さくらざか りゅういちろう)という。 彼が産まれたのは京の都。…とはいってもその中心ではなく、南の方の小さな村だった。 どちらかといえば閉鎖的で、閑散としている。 だが、立派な桜の木が名主の屋敷の庭に植えられていたため、春の一時だけは周りからの花見客で賑わう。 …そんな村だった。 龍はその村の名主である桜坂辰五郎の嫡男として産まれた。 長年、子に恵まれなかった辰五郎は、彼の誕生に心から喜んだ。 「おめでとうございます、辰五郎さま。」 「おお、おお。よくやった!」 「ですが…。」 喜ぶ辰五郎とは対照的に、産婆(さんば)は浮かない顔でこう付け加えた。 「――二人、産まれたのです。」 「何だと…!?」 辰五郎は悩んだ。双子とは具合が悪い。男女の双子であれば死産、もしくは養子に出せるのだが、生憎とどちらも男だ。 幼子はいつ死ぬともわからない。 しかも辰五郎は高齢だった。もうそろそろ、体力的にも厳しい。 「ううむ……仕方あるまい。」 こうして悩んだ末、離れでこっそりと二人とも育てることにした。 そしてどちらが死んでも良いように、毎日入れ替わり、屋敷に入れることを乳母に命じた。 * それから十年の月日が経った。 「にいさま!にいさま!」 「んん…?」 高い声が頭上で響き、ついでにゆさゆさと揺らされ、龍は眉間にしわを寄せた。 (うるさいな、もう少し寝ていたいのに…。) 「にいさま!今日はにいさまの番ですよ!早くしたくをして下さい!」 「んーー……っ、え!?」 「え、ではありません!はやくっ!」 びっくりして目を覚ますと、目の前には弟の(たつみ)の顔があった。 しまった。遅れるとまた長い説教を聞かされる羽目になる。 慌てて身支度を整え、扉へと向かう。 「あっ!まって下さい!」 引き戸に手をかけた所で止められた龍一郎は、怪訝な顔で振り返る。すると巽に頬を挟まれ、前を向かされた。 「忘れ物ですよ」 頭頂部にくるくると緑色の紐が結ばれる。 双子である龍一郎と巽は、ひと目でどちらかがわかるよう、結った髪を色つきの紐で結んでいた。 緑色が兄で、青色が弟。 「ありがとう。あー、行きたくない」 そう言って龍はぎゅっと弟を抱きしめた。 「もう!早く行って下さいっ」 「はいはい、行ってくるよ」 扉の外から乳母の呼ぶ声が聞こえ、龍一郎は観念して手を離した。 (巽と一緒に遊びたいなぁ。) 毎日代わる代わる出て行く為に、ゆっくり話せるのは夜の僅かな時間しかない。 屋敷で勉強するよりも、村の子どもと遊ぶよりも、巽と話しているときが一番楽しかった。 それに…。 村中のどこを探しても、自分と同じ顔の人は居ない。 龍一郎にとって、巽は特別な存在だった。

ともだちにシェアしよう!