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昔話
龍と名乗った香具師は、本名を桜坂龍一郎 という。
彼が産まれたのは京の都。…とはいってもその中心ではなく、南の方の小さな村だった。
どちらかといえば閉鎖的で、閑散としている。
だが、立派な桜の木が名主の屋敷の庭に植えられていたため、春の一時だけは周りからの花見客で賑わう。
…そんな村だった。
龍はその村の名主である桜坂辰五郎の嫡男として産まれた。
長年、子に恵まれなかった辰五郎は、彼の誕生に心から喜んだ。
「おめでとうございます、辰五郎さま。」
「おお、おお。よくやった!」
「ですが…。」
喜ぶ辰五郎とは対照的に、産婆 は浮かない顔でこう付け加えた。
「――二人、産まれたのです。」
「何だと…!?」
辰五郎は悩んだ。双子とは具合が悪い。男女の双子であれば死産、もしくは養子に出せるのだが、生憎とどちらも男だ。
幼子はいつ死ぬともわからない。
しかも辰五郎は高齢だった。もうそろそろ、体力的にも厳しい。
「ううむ……仕方あるまい。」
こうして悩んだ末、離れでこっそりと二人とも育てることにした。
そしてどちらが死んでも良いように、毎日入れ替わり、屋敷に入れることを乳母に命じた。
*
それから十年の月日が経った。
「にいさま!にいさま!」
「んん…?」
高い声が頭上で響き、ついでにゆさゆさと揺らされ、龍は眉間にしわを寄せた。
(うるさいな、もう少し寝ていたいのに…。)
「にいさま!今日はにいさまの番ですよ!早くしたくをして下さい!」
「んーー……っ、え!?」
「え、ではありません!はやくっ!」
びっくりして目を覚ますと、目の前には弟の巽 の顔があった。
しまった。遅れるとまた長い説教を聞かされる羽目になる。
慌てて身支度を整え、扉へと向かう。
「あっ!まって下さい!」
引き戸に手をかけた所で止められた龍一郎は、怪訝な顔で振り返る。すると巽に頬を挟まれ、前を向かされた。
「忘れ物ですよ」
頭頂部にくるくると緑色の紐が結ばれる。
双子である龍一郎と巽は、ひと目でどちらかがわかるよう、結った髪を色つきの紐で結んでいた。
緑色が兄で、青色が弟。
「ありがとう。あー、行きたくない」
そう言って龍はぎゅっと弟を抱きしめた。
「もう!早く行って下さいっ」
「はいはい、行ってくるよ」
扉の外から乳母の呼ぶ声が聞こえ、龍一郎は観念して手を離した。
(巽と一緒に遊びたいなぁ。)
毎日代わる代わる出て行く為に、ゆっくり話せるのは夜の僅かな時間しかない。
屋敷で勉強するよりも、村の子どもと遊ぶよりも、巽と話しているときが一番楽しかった。
それに…。
村中のどこを探しても、自分と同じ顔の人は居ない。
龍一郎にとって、巽は特別な存在だった。
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