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昔話2
ある冬の日。
急激に冷え込んだせいか、龍一郎は朝日が登る前に尿意で目が覚めた。
「―、―もう――が――。」
「だから――っ――。」
厠で用を足していると、外で誰かがひそひそと話している声が聞こえた。
厠の近くには例の大きな桜の木がある。
その下には木製の長椅子が置いてあり、使用人達がそこによく集まっている事を龍一郎は知っていた。
「……?」
いつもなら、気にも留めなかっただろう。
また使用人達が世話話でもしているのだろうと。
だが、この時の声はいつもとは違ったものだった。
「だったら―――っ―だ!」
「お静――、―起き――」
どこか切羽詰まったような雰囲気に不安を覚えた龍一郎は、厠の壁に寄りかかり、耳をそばだてた。
「…どうしようもないのだ。」
「ですが、それはあんまりです!」
(乳母と……お父様?)
どうしたというのだろう。辰五郎はこの桜があまり好きではないらしく、滅多にここへ来ることはない。
龍一郎が頭を捻っていると、乳母のすすり泣く声が聞こえてきた。
「わかるだろう?この状況で名主の息子が双子だなんて知れたら…。」
「っ、でしたら、養子に…。」
「駄目だ。村の者も怪しんでいる。途中で見られでもしたらどうするのだ。」
「そんな…。」
「わかったな?これは命令だ!日の出の前に………巽を殺せ。」
「な――っ!?」
余りのことに、声を出しそうになった。
寸での所で口に手を当て、なんとか堪える。
(今、何て……!?)
龍一郎は息をすることも忘れ、必死に耳を壁に押し付ける。
どくん、どくん、と鳴り響く心臓の音が、狭い厠に煩く反響する。
(嘘だ、嘘だよね……?お菊さん、断って…。)
祈るように目をつぶる。
だが、少しして、涙混じりに「はい…。」と言った乳母の声が聞こえた瞬間、龍一郎は慌てて厠から出た。
(―どうしよう!どうしよう!どうしよう!?)
あれは冗談などではない。そのくらい子どもでもわかる。厳しく良い放つ辰五郎の声も、乳母の声も、本気だった。
(何とかしないと!!)
そう思うが、都合よく良い案など浮かぶ訳がない。
早くしなければ、弟が殺されてしまう。
どうしようかと焦って部屋中をぐるりと見渡すと、机に二本の紐を見つけた。
いつも、巽が結んでくれる紐だ。
「紐……。」
自分と弟を、明確にわけるこの紐が嫌いだった。これが無ければ、誰も自分達を見分けられないのに―。
そこまで考え、龍一郎はハッと息を飲んだ。
「双子……。」
そうだ。双子で無ければ良いのだ。
龍一郎は寝室へ向かい、寝ている弟の顔を見下ろすと、何かを決心したようにぎゅっと拳を握り締めた。
迷っている時間は無い。日の出までもうすぐだ。
「巽…、元気で。」
そう言い残し、枕元にそっと緑色の紐を置く。
そして自分は青い紐を掴むと、まだ暗い砂利道を全速力で走った。
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