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桜とともに
それから三年後、近くを旅していた香具師に拾われた龍一郎は、居合いの担当としてその一座に加わっていた。
親分は気さくで面倒見の良い男だった。
龍一郎は居合いだけでなく独楽や人形など様々な事を学び、仲間からは「龍」と呼ばれ可愛がられていた。
香具師一座は西へ西へと旅をした。
山陰道を通って長州まで。そこからぐるりと山陽道を回って京へと戻る。
都へ着いた時、季節は春だった。
目の前に広がる京の桜を目にした龍一郎は、ふと屋敷の桜を思い出した。
(弟は……巽は、どうしているだろう?)
一度そう思うと居ても立ってもいられず、先頭を歩いていた親分に駆け寄る。
「おう龍、どうした?」
「…その、この先に俺の村があるんです。」
「ああ、そういえばお前さんを拾ったのはこの辺りだったか。それで?」
「少しでいいんです。村に寄ってはもらえませんか!」
「俺ぁ別に構わねぇが…」
「ありがとうございます!!」
龍一郎は元気よく礼を良い、道案内をすべく先頭を歩いた。
仲間達に弟がいるんだという話をしながら。途中で、顔がバレてはいけないと手拭いで口を覆ったのをからかわれたりしながら。
一目でいい、元気にしている姿を見たい。
それに、あの立派な桜をみんなに見せたい。
そんなことを思いながら、龍一郎は久しぶりの故郷を楽しみに歩いた。
――――だが。
「なんだ…これ…。」
着いた先で見たものは、以前にも増してより一層寂れた村と、
「屋敷が……桜も…。」
焼け崩れたかつての我が家、そして同じく焼け焦げ、無惨な姿になった桜の木だった。
*
「……。」
「こいつぁ…酷いな」
呆然と立ち尽くす龍一郎の傍に寄り、親分はぽつり、とそう溢した。
「焼き討ちか?……おい、そこのアンタ!これは一体どういう事だ?」
親分は近くで畑を耕していた百姓に声をかけた。
力無く桑を振っていた男は、ちらりと親分を見ると生気の抜けた声で「あぁ…。」と返す。
「……仕方なかったんだ。」
「何だと?」
「三年程前だったか……飢饉 が起きて、どうしようもなくなってよ…。それで、名主が米を蓄えてるって噂が広がったもんだから…。」
「それで?」
「む、村の若ぇモンが抗議に行ったんだよ。でも、名主は『無い』の一点張りでよ。その内に言い合いになって………仕方なく…。」
畳み掛けるように質問をする親分に萎縮したのか、百姓はぼそぼそと言い訳まがいの返答を返す。
「……っふざけるな!!」
「あっ、おい龍、落ち着け!」
それに激高した龍一郎は二人の間に割り込み、百姓の胸ぐらを掴んだ。その拍子に、ハラリと手拭いがほどけて落ちた。
「…!!てめぇ、やっぱり生きてやがったか!何しに来やがった、仇討ちか!?」
百姓は龍一郎の顔を見るとぎょっと驚き、後ずさった。
「え…?」
「死体が無かったからもしやとは思ったんだ!恨むならお門違いだ…仕方なかったんだよ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る百姓についていけず、龍一郎も親分もその他の香具師も皆呆気にとられている。
「い、生きているのか?弟は…。」
龍一郎は困惑したように尋ねる。
「弟…?まさか、本当に双子…?はは、噂は本当だったのか…はは、ははは!」
すると百姓は一転して、安堵の表情を浮かべ大声で笑い出した。
「なら、滅んで当然だ!忌み子なんて育ててやがったんだから!飢饉になったのもお前等のせいだ!!俺達は悪くな――っ!?」
「…!!」
「龍!」
“忌み子”と言われた瞬間、龍一郎は弾かれたように腰の刀を抜き、百姓を切りつけた。
同時に、それを制す鋭い声。
寸 での所で止められた刀に、百姓は「ひぃっ」と情けない声を上げ尻餅をついた。
「……っ!」
「止めろ、龍。そいつは人様に向けるモンじゃねぇ。」
親分の声に、反射的に動きを止めた龍一郎は葛藤していた。
今すぐこの男を切り殺したい、だが……。
「……ううっ。」
「龍。」
二度目は、優しく呼び掛ける。口は出すが、親分は動こうとはしなかった。
「………っ、……はい。」
やがて、観念したように龍一郎は刀を鞘に戻した。
「な、何でい……ちくしょう、俺達は悪くねぇ!」
「あっ。」
百姓は震えながら走り出し、家の中へと逃げて行く。
騒動を遠巻きに眺めていた村人達も引っ込んでしまい、いつの間にか村には人ひとり居なくなっていた。
「………。」
しん、とした村を涙目で見つめる。
すぐ後ろまで来た親分はポンポンと頭を撫で「ん゛ん゛っ」と咳払いをした。
「あー…何だ、よく堪えたな。…なぁに、生きてりゃまた会えるさ!俺達は香具師だ。どこへでも行ける。……そうだ、それこそ噂を流しちゃどうだ?」
「噂…?」
「ああ、旅先で聞いて回るんだよ。この顔と同じ顔の人を知らねぇか?ってな。」
龍一郎は溢れ落ちそうな涙を袖で拭い、コクリと頷く。
そして最後に屋敷と桜に向かって深々と頭を下げ、村を後にした。
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