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東から西へ

「――とまぁ、それ以来こうして聞いて回っているのさ。皆に何年も付き合わせる訳にはいかないから、途中で独立して………って、なんだいその顔。」 つらつらと過去を語っていた龍はふと向かいの二人を見て苦笑した。 傘売りは目を瞑ったまま眉間に深いシワをよせ黙り込み、野菜売りに至っては大粒の涙をボロボロと溢している。 「うぅ、辛い思いをしたんだなぁ…アンタ…!」 「いや……。参ったな。」 まさかこんな反応をされるとは思ってもみなかった龍は半笑いですっかり冷たくなった茶を飲み干した。 「ま、話し半分で聞いてくれ。香具師の言うことだ。出任せかもしれないだろう。」 「ふん、馬鹿言うんじゃねぇよ。別れた女を思い出すみてぇな表情(かお)しやがって、何が出任せだ。」 その言葉にきょとんとした龍だったが、やがて声を上げて笑い出した。 「…ふっ、ははは!そうかい、そんな顔をしていたか。」 「ちっ、いけ好かねぇ野郎だ。」 「あれ?林の旦那、どこに行くんで?」 「一寸そこまでな。喜助、その香具師を引き留めておけよ。」 「えぇ?!」 早口でそう言うと、傘売りは大通りを横切り脇の小路へと入っていった。 取り残された二人は同時に首をかしげる。 「何か気に障ったかな。」 「いやいや!旦那は気難しい人ですからねぇ…。」 「ふぅん…。ところで、双子と聞いて何も思わないのかい?この話をすると大抵は疫病神のように扱われるのだが。」 「龍さん、あっしを舐めないでくだせぇよ。そこらの迷信深い江戸っ子とはワケが違いますぜ!」 などと談笑していると傘売りが足早に戻ってきた。 急いで帰ってきたのだろうか、心なしか額は汗ばみ、肩で息をしているように見える。 「ほらよ。」 そう言って、掌ほどの大きさの紙を龍へと差し出す。 「これは…。」 「白澤(はくたく)ですな」 その中に描かれていたのは頭に六本の角、身体に九つの眼を持つ神獣の姿。旅の安全を守る御守りだ。 「旦那、これ…買ってきたんで?」 「んなワケねぇだろ!家にあったもんだ。」 「くっ、ふふっ……。」 「…すまねぇ、龍さん。身近に居りましたわ。信仰深い江戸っ子が。」 「「あっはっはっは!」」 堪え切れなくなった二人は腹を抱えて大笑いした。 対する傘売りは何の事かはわからぬが馬鹿笑いをされて良い気はしない。仏頂面が険しくなる。 「おい、何笑ってやがる!喜助、お前ぇもか!!」 「いや、失礼した。有り難く頂くとしよう。」 ピタリと笑い声を止め、それを受け取った龍は背筋を伸ばし、深々と礼をした。 「では、俺はこれで―。」 「待ちな。」 「?」 傘売りは最後に一つだけ、聞きたいことがあった。 「会ってどうするつもりだ?」 「……償いをしたくてね。」 「…そうかい。」 「お前さんのせいじゃねぇ。」と、喉元まで出かかったその言葉を飲み込む。 こんな言葉、慰めにもならない。 「さて、もうそろそろ店じまいかな。次は…久しぶりに京にでも行こうか。」 そう言って龍は今度こそ背を向けた。 気付けば日も傾き、どこからか烏の鳴き声が聞こえてくる。 「旦那、あれ…。」 「あぁ。」 茜く照らされた(まげ)の付け根には、青い紐が結ばれていた。

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