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二つの噂

「ちょいとちょいとお嬢さん!例の香具師の噂は知ってるかい?そうそう、若い香具師の!あっし、こないだその人に会いましてね?!…その理由、知りたくねぇかい?」 野菜売りが得意気に客と話しているのを横目に、傘売りは「はぁ…。」と溜め息を着いた。 あの話を聞いてから、この阿呆は連日連夜この調子だ。 話したいのなら好きなだけ話せば良いが、自分も一緒に聞いたせいで毎度引っ張り出される。 何度同じ話をさせられたか…と、傘売りは頭を抱えた。 「もし、そこのお二人さん。」 すると初老の男性が近寄ってきた。 先程からチラチラとこちらを見ていた男だ。 大きな籠を背負い、持っている杖は手垢で黒ずみ、草鞋(わらじ)もボロボロになっている。 傘売りは随分と遠くから来たのだなと思った。 「その話、詳しく聞かせてくれんか?儂は筑紫の国から来たのじゃが、似たような噂があってな。」 「へぇ、あの香具師は筑紫にまで行ったのか。」 「いや、儂が聞いた噂は、浪人じゃった。」 「浪人?」 聞き返した野菜売りはハッと息を飲み「まさか…。」と溢す。 傘売りも同じことを思っていたようで、お互いに顔を見合わせ頷いた。 「おい爺さん、そいつはどんな顔をしてたんだ?」 「若い男だよな!?若くて、こう…背の高い!」 「どんな?…いや、それは知らんな。じゃが……顔の右側が火傷か何かで爛れているらしい。」 『火傷』 その言葉を聞いた二人は、見る間に顔色が変わる。 (あの香具師は何と言っていた?…そうだ。確か、屋敷が焼き討ちにされたと…!) 「出会った者、出会った者……片端から『この顔を見たことはないか』と聞くらしい。…それでな。」 初老の男はそれに気付かないまま、言葉を続けた。 「何故か、と問うとこう返ってきたそうじゃ。『そいつは俺を裏切った、一族の仇だ。』………と。」

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