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西から東へ

山の麓の田んぼ道を、一人の男が歩いていた。 全身を覆うほどの合羽をまとい、頭には菅笠(すげがさ)を被っている。腰に刀を一本差したその姿は、一見すると浪人のようだ。 男はよろけながら、暗い畦道を歩く。 よく見ると麻の着物はあちこちに穴が開いている。草鞋もすり減り、今にも緒が切れそうだ。 提灯も持っておらず、月の光だけを頼りに尚も歩く。 「どこに居るんだ……。」 ぼそりと掠れた声で呟いた。 上方はもう探し尽くした。次は、江戸へ向かおうか。 「龍…。」 腰の刀を、引き攣る右手で掴んだ。 右手は火傷のせいで十分に動かせない。 それでも、男は力の限り握った。 柄に巻かれた緑色の紐が、赤黒く染まる。 「龍……っ。」 男はふらふらになりながらも、前を見据えた。 まだ、死ぬわけにはいかない。アイツを見つけ出すまでは死ねないと、自分に言い聞かせる。 「絶対に……殺してやる…っ。」 …だが、絞り出したその声は今にも泣きそうなものだった。 * ――後に、東西で二つの噂が流れた。 『自分と同じ顔の男を探している。』という噂。 似たような噂だったが、その理由は真逆なものだ。 それに食い付いた人々は様々な憶測を言い合った。 あの二人は会えたのだろうか、和解は出来たのか、それとも仲違いしたまま斬り合ったのだろうか。 しかし、人の噂も七十五日とはよく言ったもので。 時とともにその噂は段々と薄れていった。 結局、あの二人がどうなったのか――。 …それを知る者は誰も居なかった。

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