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第2話(九尾目線)

「九尾」  不意に晴明の声が聞こえてきた。幻聴かと思って顔を上げたら、暗闇の中に青白い人の姿が見えた。 「晴明……?」  黒い小振りの烏帽子(えぼし)を被り、白い狩衣を纏っている。上品に整った顔立ちと飄々とした佇まいは、天才陰陽師・安倍晴明に間違いなかった。 「……晴明!」  彼を見た瞬間、一気に活力が湧いてきた。九尾はそちらに走り寄った。  晴明は飛びついてきた九尾を優しく抱き締め、銀色の髪を撫でてくれた。 「ああ……よかった、晴明……やっと会えた……」 「……すまない。近衛兵を撒くのに手間取ってしまって。怪我はないかい?」 「私は大丈夫。晴明こそ大丈夫か?」 「もちろん。これでも私は陰陽師だからね、目くらましくらいは心得ているんだよ」 「そうか。さすが晴明……すごいな」  九尾はうっとりと晴明を見上げた。様々な術を会得し、それを自由に使いこなせるところも尊敬できる点である。天才陰陽師の名は伊達ではない。妖狐のくせにロクな術を使えない九尾からすると羨ましいくらいだ。  大好きな人の首筋に頭を擦り寄せたら、晴明は指先で九尾の顎を持ち上げた。そして、いつもより少し荒っぽく唇を吸ってきた。  ちょっとびっくりしたが、九尾は嬉々としてそれに応えた。互いの唾液が混じり合う音が、暗い森の中に響き渡る。温かく湿った感触が心地よくて、抱きついたまま膝が崩れそうになった。晴明のぬくもりを直接感じ、脳内で幸せが弾けた。 「んっ……」  ようやく唇が離れ、九尾は晴明を見た。  晴明もこちらを見つめ、一際強く抱き締めてくれた。 「晴明……」  追われている身だということも忘れて、彼に抱擁を返した。  晴明の腕の中にいると、どんな状況でも安心することができる。彼についていけばどこに行っても大丈夫だと思える。こんな立派な人に愛されて、私は幸せだ。 「さてと……」  晴明は名残惜しそうに身体を離した。その顔はいつもよりやや悲しげに見えた。何故そんな顔をしているのか、九尾にはよくわからなかった。

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