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第56話(九尾目線)

「それに……今の風呂ってすごく気持ちいいんだ。一度入るだけで全身ピカピカになる。私の尻尾は九本あるから、『しゃわー』があるととても楽なんだ。『しゃんぷー』や『ぼでぃーそーぷ』も、いい匂いがして気に入っている。人間と生活するのも、決して悪くないよ」 「えー……? そこが基準なのー?」  と、唇を尖らせた後、三尾はやれやれと溜息をついた。そして少し遠い目をして言った。 「まあ確かに……人間との生活は、快適っちゃ快適だけどね。僕も、昔家康さんのところにいた時は結構贅沢させてもらったな。九尾ちゃんは知らないだろうけど、徳川家康さんって『タヌキ』って言われててさ。それで親しみ湧いたのか、意外と僕を可愛がってくれたんだ。ま、天下取った数年後に死んじゃったけど……食べ物に困ることはなかったし、冬の寒さに凍えることもなかった。そういう意味では、悪くなかったかな」 「三尾……」 「でも……もう一度忠告しとくね? あまり人間を信じない方がいいよ。九尾ちゃんが思ってるより、人間って自分勝手な生き物だから。もし一緒にいるんだったら、『自分はこの人のペットなんだ』とか、『こいつを上手い具合に利用してやろう』とか、そういう風に割り切ってつき合った方がいいよ。対等な立場を望むと絶対上手くいかなくなるからね」 「…………」 「ちなみに、僕はしばらく大学近くの山にいるつもりだから、アイツとの生活が嫌になったらいつでも来てね。九尾ちゃんなら大歓迎だよ」 「あ、ああ……」  三尾はにこりと笑うと、ガラッと窓を開けてベランダに出た。そして、くるりと一回宙返りし、タヌキの姿に変化した。 「じゃあまたね、九尾ちゃん!」  ぴょんと手すりによじ登ったかと思ったら、そのまま軽やかに宙を駆けて走り去ってしまった。見た目は普通のタヌキでも、やはり中身は妖怪らしい。九尾も昔は人間に見つからないよう、ああやって宙を駆けて移動したものだが……。  ――あまり人間を信じるな、か……。  九尾はそっと目を伏せ、ベランダの窓を閉めた。晴斗はまだ帰ってきそうになかった。

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