57 / 134
第57話
午後六時近くになって、晴斗はようやくアパートに戻ってきた。都心のデパートに行って、あれこれ買い物をしていたらすっかり遅くなってしまった。いなり寿司の他に、九尾に似合いそうな服や、財布やパスケースを買いまくったらいつの間にか時間がなくなってしまった。ついでに金もなくなった。
でも後悔はしていない。こんなに楽しい買い物は久しぶりだった。
――九尾、喜んでくれるかな。
誰かの顔を思い浮かべる買い物は、楽しいものだ。紳士服売り場のマネキンを九尾に置き換えて想像してみたり、いなり寿司を食べてはにかんでいる彼を思い描いたり、それ以外の時は「九尾、今頃何してるだろう」と考えてみたり……etc。
晴斗の頭の中は、今やほとんど九尾のことで占領されていた。これはもう「恋」と言ってもおかしくないのではないか。
――いや、実際そうなんだろうな……。
晴斗は九尾が好きだ。顔も綺麗だし、性格も可愛いし、学習能力が高いところも気に入っている。彼が妖怪でもキツネでも、全然気にならない。できることなら、恋人として一生つき合っていきたいところだ。
でも九尾の方は、まだ晴明のことを……。
「…………」
まあ、早まったことをしても仕方がない。せっかくここまで仲良くなれたのだ。九尾に嫌われないよう、程よい距離を保っておかなくては。
晴斗はアパートの階段を上り、自分の部屋のドアノブに手をかけた。
「ただいま、九尾。遅くなってごめんな」
九尾はベランダ近くの床に座り込んでいた。無言のまま膝を抱え、ぼんやりと一点を見つめている。
「おい九尾? なにボーッとしてるんだ?」
「えっ? あ、晴斗……」
「どうしたんだ? 何か考え事か?」
「あ……いや、その……」
気まずそうに目を逸らす九尾。あのタヌキに何か言われたんだろうか。一体何を話し合っていたのだろう。
詳しく聞きたいのを堪え、とりあえず晴斗は買い物袋をテーブルに下ろした。
ロード中
ともだちにシェアしよう!