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第64話
「あっ……三尾!」
晴斗の手を離れたタヌキ少年は、重力に従ってアパートの下に落ちて行った。
だが彼は空中で身体を一回転させると、瞬時にタヌキの姿に変化した。今度は普通のタヌキではなく、尻尾が三本ついた『三尾の狸』本来の姿だった。
三尾はボリュームのある三本の尻尾をクッションにし、何事もなかったかのように地面に着地した。そしてごく自然に宙を駆け、晴斗がいる二階のベランダに戻ってきた。
「……ほらね? 大丈夫だって言ったでしょ」
「あ、ああ……そうだな……」
……確かにこいつなら、ちょっとやそっとのことでは死ななさそうだ。九尾と違って、一人でもたくましく生きていける気がする。
というか、タヌキの姿で喋られると違和感があるから、早く元に戻って欲しいのだが。
「でも……」
と、三尾はベランダの手すりを伝って、こちらにやってきた。
「助けようとしてくれたことは、素直に礼を言うよ。ありがとう」
「お、おう……どういたしまして」
「……というか、九尾ちゃんと一緒に暮らすつもりなら、もっと広いマンションにでも引っ越したら? こんな狭いボロアパートじゃ、九尾ちゃん可哀想だよ」
「わかってるよ。でもこっちにも予算ってもんがあってだな……。一人暮らしの大学生が、そんなリッチな場所に住めると思うなよ」
「はあ……お金の問題か。これだから人間の生活は面倒なんだよねぇ」
あからさまな溜息をつき、三尾はくるりと背を向けた。そして顔だけこちらに向けて、言った。
「今日のところは帰るよ。九尾ちゃんの寝顔も拝めたし……あんたと話してたら、なんか疲れちゃった」
「……あ、そ。だったら早く帰れよ。俺だって、これ以上睡眠妨害されたくないからな」
シッシッ、と手を振ったら、三尾は再び鼻を鳴らした。
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