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第76話
「九尾さん。これからみんなで食事に行くんですが、九尾さんも一緒にどうですか?」
「え、そうなんですか? じゃあ……」
まんざらでもない返事をしている九尾。今にも「行きます」と言いそうな雰囲気だ。
そんな様子を見たら、なんだか無性に腹が立ってきた。
「いえ、九尾は行きません。明日も朝早いので」
ついムシャクシャして、気付いたら自分が断りを入れていた。九尾は驚いてこちらを見た。
「えっ? 明日は特に用事はなかったと……」
「いや、ある。今急に思い出した」
「……急に? でもそんなこと……」
「ほら、九尾。さっさと帰るぞ」
「ちょ、ちょっと……!」
九尾が戸惑っているのは気付いていたが、あえて無視して現場を後にした。
電車を乗り継ぎ、一人暮らしのボロアパートに戻る。その間、晴斗は九尾と一言も言葉を交わさなかった。いなり寿司専門店にも寄らなかった。
「あ、あの、晴斗……」
「……なんだよ?」
「……。いや、なんでもない……」
晴斗が不機嫌なことに気付いているのだろう。九尾はしゅん……と耳を折り、アパートの隅で小さくなっていた。しかし何に怒っているのかまでは理解できないらしく、チラチラとこちらの様子を窺ってくる。
――あーくそ! 何やってんだよ、俺……。
こんなのただの嫉妬だ。九尾が俺よりモデル仲間を優先しようとしたから、腹が立っただけ。九尾が俺以外のヤツにいい顔をしようとしたから、ヤキモチを焼いてしまっただけ。束縛しがちで嫉妬深いのは晴斗の悪い癖だ。それはわかってる。わかってるんだけど……。
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