90 / 134

第90話

 三尾は当たり前のように個室を出た。千年間で相当の場数を踏んできたらしく、緊張している様子は全くなかった。  晴斗は、タヌキ少年の勇気と自信を無言で称えた。 「三尾……」  彼がトイレを出る直前、九尾が声をかけた。 「どうか気を付けて。無事に逃げられたら、後で合流しよう」 「もちろんだよ~! 僕ね、九尾ちゃんと行ってみたいところ、いっぱいあるんだ~。遊園地とか、映画館とか、秘境の温泉とか~! これが終わったら、いろんなところに遊びに行こうね! 全部晴斗の奢りで」 「……そうだな。ありがとう、三尾」 「どういたしまして。九尾ちゃんのためなら、これくらいどうってことないよ。間違ってもアホな人間のフォローをしてるわけじゃないから。勘違いしないでね。それじゃ!」  場違いな程元気よく、三尾はトイレを出て行った。  しばらくして、外が騒がしくなるのが聞こえた。ドタドタと人が駆け回り、時折ガシャーンという音まで聞こえてくる。  ――三尾……。  絶対捕まるなよ……と、心の中で祈りながら、晴斗は恐る恐る外の様子を窺った。周辺に人はおらず、階段付近はガラ空きのようだった。三尾が他の人を引き付けてくれたおかげだ。 「よし……九尾、行こう」  素早くトイレから階段に走り、なるべく足音を立てないように十三階まで上っていく。  とはいえ、体育会系でもない今時の大学生にとっては、階段の上り下りは結構な重労働だった。エレベーターが使えない以上はやむを得ないが、こんなことならもう少し体力をつけておけばよかったかなと少し後悔する。 「はあ……はあ……やっぱ階段ってキツいな……。九尾、大丈夫か……?」  心配して振り向いたのだが、意外なことに九尾は全く息切れしていなかった。表情もいつもとあまり変わらない。 「私は大丈夫だ。昔はこれでも野山をよく駆け回ったりしていたから」 「あ、そう……」

ともだちにシェアしよう!