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第110話
しばらく進むと、木の板でできた小さな舟乗り場を見つけた。そこには三途の川を行き来する小舟もなく、舟を待っている人の姿もなかった。もしかしたら、ちょうど向こう側に行ってしまったところなのかもしれない。
仕方なく少しの間そこで待っていると、一槽の小舟が静かにこちらにやってきた。そこには船頭と思しき人物が乗っていた。広い編み笠を被っているため、顔はよく見えなかった。
その人は小舟を舟着き場に付けると、ゆったりとした動作で舟から降りて来た。
「渡し賃はあるかい?」
「……えっ? あ、渡し賃か。ええと……ちょっと待っててくださいね」
三途の川を渡るには、確か六文銭が必要だ。さすがに本物は持っていないのだが、祖父の葬式の際、棺桶に六文銭を模った白い紙を入れた覚えがある。そういうものでいいなら現代の五円玉でも代用できるんじゃないかと思い、晴斗はポケットを探った。
「晴斗、待って」
すると、九尾が制止して一歩前に出た。じっと船頭を見つめ、こう口を開いた。
「あなたは……安倍晴明なんじゃないか?」
えっ、と驚き、晴斗も船頭を見た。編み笠のせいで顔の上半分は隠れたまま、唇だけが見えている。
やがてふっと口元に笑みを浮かべると、船頭は編み笠に手をかけた。
「ふふ、さすが九尾。この程度の目くらましは通用しないようだ」
スッ……と軽やかに編み笠を外す船頭。その下から、青年の顔が現れた。目鼻立ちの整った涼やかな青年だった。船頭の服も一瞬にして白い狩衣に変わり、やや小ぶりの黒烏帽子が頭に乗っている。
「久しぶりだね、九尾。元気そうで何よりだ」
にこりと微笑んでくる安倍晴明。凛として落ち着いた佇まいが、いかにも陰陽師らしい雰囲気を醸し出していた。
「晴明……!」
九尾が感極まって彼に飛びついた。晴明も九尾を優しく受け止め、抱き締め返した。
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