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来店 1

「ここだ……」 目の前の店の看板とメモしてきた店名が同じであることをもう一度確認して、ナオトはごくりとつばを飲み込んだ。 白を基調にした落ち着いたたたずまいの店はちょっと見た感じは女性に人気のカフェか雑貨店のようだ。 それでも店名の上に控えめに書かれた「逆ソープ」の文字は、この店が間違いなく外れの方だとはいえ有名な歓楽街にふさわしい店であることを示していた。 ナオトがこの店に来てみようと思ったのは、ナオトの密かな趣味がきっかけだった。 ほぼ無趣味のナオトにとって唯一の趣味と言える趣味――だが人には絶対に言えない趣味は、ネット上にあふれているエッチな小説を読むことだ。 童貞かつ彼女がいたこともないナオトにとってはエロ動画やマンガは生々し過ぎるから、妄想の余地がある小説の方が好きで、いつも夜寝る前にPCやスマホで読むのを密かな楽しみにしていた。 普段はナオトと同じ男性作者が書いたものを読むことが多いのだが、昨日はふと気が向いて、女性作者のものを読んでみた。 女性主人公の視点で描かれたその物語は、普段読んでいる男性作者の小説のように、興奮できてオカズになる、というわけではなかった。 しかしその代わりに、愛する人に抱かれるというときめきや幸福感といった、主人公の心情が丁寧に描かれていて、ナオトはいつの間にかその物語にどんどんと引き込まれていった。 あまりにも物語にのめり込み過ぎたせいか、その物語を読み終える頃には、ナオトは自分もその小説の女性主人公のように、誰かに優しく触れられ、抱きしめられたいと思い始めていた。 自らの欲望に戸惑いながら、気が付くとナオトはそのサイトに貼られていた「恋人同志のようなときめきをあなたに」という広告バナーをクリックしていて、そうしてこの逆ソープという店の存在を知ったナオトは、思い切って会社帰りにこの店にやって来たのだった。 「……よし!」 自分に気合いを入れるように声を出して、ナオトは木製の扉を開けた。 「いらっしゃ…い……」 出迎えた店員の声が不審げに小さくなっていくのを聞いてまたくじけそうになったけど、せっかくここまで来たのだからと、ナオトは勇気を出して受付へと向かう。 受付にはバーテンダーのような白シャツと黒ベストを着た、涼しげな目元の店員が少し困ったような顔で座っていた。 「すいません、うちは逆ソープと言って、女性ではなく男性がサービスさせていただいてるんですよ。  この辺はうち以外は全部女性がサービスするソープなのにわざわざうちに入ってきちゃうなんて、お客さん、ついてないですね。  この辺初めて来たんだったら、良かったらいい店紹介しましょうか?」 「い、いえ!」 さんざん悩んだ末にようやく勇気をだしてこの店に来たのに、他の店に回されてしまっては意味がない。 ナオトは慌てて店員に説明を始める。 「間違って入ってきたんじゃないんです。  僕、ホームページでこの店のことを知って、それで……」 「あ、サイト見てくれたんですか?  じゃあ、この店が女性専用ってことも書いてあったと思うんだけど気付きませんでした?  店の入り口にも書いてあるんだけど」 「えっ……?」 書いて……あったのかもしれない。 ただこの店の存在を知って興奮していたナオトには、そういう自分に都合の悪いことは目に入ってこなかったのだろう。 「前に男性がサービスを受けた部屋や隣で男性がサービスを受けてるかもしれない部屋でサービスされるのは嫌だっていう女性が多いから、うちは男性のお客様はお断りしてるんです。  ごめんね」 「あっ……そうなんですか。  ……すいませんでした」 説明を聞いて落胆したナオトが肩を落として店を出て行こうとすると、その手をカウンターから身を乗り出した受付の男につかまれた。 「待って。  この店でお客さんにサービスするのは無理だけど、近くのラブホでよかったら店と同じサービスしてあげられるよ。  ホテル代が余分にかかっちゃうけど、それでもよければ」 「え、いいんですか?  ぜひお願いします!」 店を利用した女性の感想にあったように優しく体を洗ってもらえるんだったら場所は別にどこでもいいし、多少のお金をケチるつもりもない。 願ってもない申し出に喜んだナオトが何度もうなずくと、店員はなんとも魅力的な笑みを浮かべた。 「じゃ、ちょっとだけ待っててもらえる?」 そう言うと店員は握ったままだったナオトの手を離してカウンターの向こう側にあるドアの中に入っていった。

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