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第2話
初めてなのに、こんなに気持ちいいなんて思ってなかった。
男は、あんなことを言っておきながら、理仁の中をじっくりゆっくり懐かせていった。執事の技だ。弱いところを探し当てると、少年のように無邪気に笑った。
いざつながれば、漏れてやまない嬌声を、なんども、かわいいと慈しんでくれた。
――夢をみてるようだと、理仁は思った。覚めなければいいのにと。
精を放った回数もわからなくなって、いつの間にか、本当の眠りに入った。
*
まぶしい日差しで理仁は目覚める。休日の朝だ。
隣にはスマートフォンが転がっている。男の姿はない。
はっと立ち上がり、パソコン置き場のリビングに駆け込む。
「……っ、おい……」
モニタには亀裂が入り、各種端子は屈曲している。
……内部データはすべてコピーしていた。
けれど、理仁は、その前にしゃがみこみ、嗚咽するのをこらえられなかった。
「馬鹿パソコン! 実家に送って、もう少し使ってもらうつもりだったのに!」
〈それより、理仁と、したかった。一度だけでも〉
真っ白い文字が、黒いモニタにつづられていく。
「変態。してる間、君は痛かったんじゃないのか?」
――僕ばかり、気持ちよくして。
非難をこめて睨めば、カーソルが笑うように点滅した。
〈まあ、ね。機械の本体なのに人間のまねごとをするの、俺には負荷が大きすぎたみたいだ。でも、理仁がよさそうで、それで十分よかったよ〉
「どうして君が、こんな僕なんかと……」
つながるために、破損と苦痛まで堪え忍ぶのだ。
〈俺のことを愛してくれたから。理仁はいろんなことを打ち込んで、検索して、広い世界に俺をつないでくれた。体 のメンテナンスも頭 のアップデートもまめにしてくれた。……それで、俺に心が生まれたんだ〉
「僕に寄り添ってくれたのは、君の方だ。……引きこもっていたとき、君を通じて知る世界が、僕の希望だった。小さな何でもできる箱が、僕に先へ進む勇気を与えてくれた」
中学生の時、ある男子を好きだという噂が立った理仁は、クラスメイト全員の目が恐くなって学校に行けなくなった。
冬眠のような日々の中で、小さな部屋のインターネットを通じて、同じようなことで悩み迷う仲間の存在を知った。……実際に彼らと会いはしなかったけれど、励まされたのだ。
それに、ウェブ上のおもしろい記事をたどるうちに化学の論文なんかを読み始めたのが、進学にも仕事にもつながっている。
……彼は、そんな理仁をサポートし続けていた。
〈うれしいな。理仁にそう言われたら、また人間になりたくなっちゃう〉
「なれるもんならなれよ」
〈え?〉
「なって。僕といっしょに暮らせ」
〈……本気にしてもいい?〉
モニタが白黒に点滅する。理仁は、五文字のひらがなを打ち込む。割れたエンターキーを強く押した。
その瞬間、筐体が煙に包まれた。
――この成分、なんだろうか。
理仁は推量を試みながら、気絶した。
*
「理仁」
ふかふかの舟に後頭部がのっている。そこからじんわり伝わってくるのは、包み込まれる暖かさだ。
もっと……このまま……と欠伸して目を開ければ、真上にさわやかな笑顔があった。視線が合ったとたんに、彼は膝枕から両腕での抱擁へと移る。
「……え?」
なすがままにされ、口づけを受け入れると、
「俺も、『あいしてる』」
男は声をとろけさせる。
傷一つみあたらない完璧な裸体で、腰の左右に流れた理仁の両腿を撫でさすってくる。その手つきは艶 めかしさを隠さず、危うい。理仁はすぐ着火寸前にさせられそうだ。
「あ、まて、まて、まって。まず服を着て。全部説明しろ」
「せっかちだね、君は」男は頬を膨らませた。「もっと楽しんでからでいいじゃないか」
「楽しむのは後だっての!」
待ち受けることの否定はせず、理仁は腰をあげた。
*
お茶を飲みながら聞いた説明によれば、男は、ある種の付喪神 らしい。まだ人間になれるほどの力はなかったのだけれど、
「付喪神通信で知り合った長老のような方に、理仁のこと相談してたんだ。その方、大切な人が亡くなったからもう人間になる気はないって、俺に力を贈ってくれたの」
とのことで、人間形態に変化できたのだと。
「どう? 理仁の好み、よく学習してると思わない?」
「……しすぎだ」
抱かれたい方だってのも、よく察してくれたものだ――まったく。
機械の器に傷が付いたのは、人間の身で知った感情や感覚をためこめなくなったかららしい。
機械としての自分を完全に捨て、人体を本体として生まれ変わることで、苦痛はすうっと消えたのだとか。
「理仁、俺、本物の人間になったことだし、名前がほしいな」
「つけてなかったか? 買ってすぐに:――」
パソコンに「名前」を設定したはずだ。
「『ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン』? 俺はいいけど、外でそう呼びたい?」
強力な爆薬の名称だった。理仁は頭を抱える。
ひょっとしたら名付けのせいで、こいつの人格は暴走気味なんじゃないか――という後悔は、先に立たず。
暖を求める猫のようにすり寄ってきている男のせいで、単身暮らしが賑やかに化けることだけは、確実だと言えただろう。
*
――後の理仁には、IME調教以外の趣味が生まれた。
無事名付けられ服を着ることを覚えた恋人が、外を見たい物質世界を味わいたい、と袖をひっぱるために、これまで疎かったアウトドア的行動にも手を出すことになったのだ。
……で、新品スマートフォンの変換機能は、各地で撮られたツーショットを添えてある日記の、ひどいのろけに染められてしまったとか。
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