1 / 9
第1話『ちすちーっす!!』
まだ七月だと言うのに地面は熱く、
シャツはジンワリと汗ばんだ。
――――――――――
ノキャはその日、学校を休んだクラスメイトのため配布物を届けに向かっていた。
ピンクのウェーブがかった柔らかい髪は肩甲骨まで伸び、ハーフアップに軽く纏めゆらゆらふわふわ揺れた。
「風邪かぁー。おいらも学校休みたいぃー!」
でかい声で独り言を溢すノキャだったがその実、席が隣だと言うだけで反対方向の家に無理矢理向かわされていた。
メモを片手にダラダラと歩いていれば、担任が記した家に着く。違っていても置いて帰ればいいや。良いわけないが、この任務を早く果たして帰りたい。が本心である。
「学校からバッカーノ遠いじゃん!とおちゃんってばマジひでぃー。おいらってばマジ偉いー!てゆっか彼奴ってこんな遠いとこから通ってんのー?マジムリー!」
とおちゃんとは、担任である遠茅 先生のアダ名である。サングラスに髭を生やし初対面で思うのは皆同じ。
どこぞのチンピラだよ。だがしかし、ちゃんと教員免許を持つやりての教師である。
どうやらノキャは学校から歩いて20分かからない距離に相当不満があるらしく、家の前でも大声を上げ喋っていた。するとガチャと玄関の扉が開き、ジャージ姿で顔の左半分を黒い髪で覆い隠した少年がダルそうに顔を覗かせたのだ。
「さっきから、誰」
「あー!君は噂の、おいらのお隣りさんの……えっとぉー……」
「椋鳥 」
「そう、とけい君!」
顔を覗かせた少年こそ、ノキャの目的の人である。
椋鳥は初対面にも関わらず馴れ馴れしいノキャに片眉を寄せ、怪訝そうに「とけい?」と呟くと右手で顔にかかっていた前髪をかき揚げた。
すると左側には頬まで覆う大きな眼帯がされている。
細身な椋鳥のその仕草は妙に様になっており、眼帯など気にも止まらず、ほぅと吐息をついてしまうほどだ。だがしかしノキャには通じていないようだった。
「そう!椋鳥 螢夜 だから、とけいくーん」
「……で?」
「でってぇ……あ!そうだった!」
不信に椋鳥に聞かれ自分が何のために来たのかを思い出した。ガサガサと手持ち鞄を漁り預かってきた物を手渡す。
無造作に押し込められていた提出物の用紙はぐしゃぐしゃになり、椋鳥は更に眉を寄せるが何も言わず受け取った。
「こっちんのは出せたら明後日までに出しくれーってさぁー」
「分かった」
「んで、こっちんのはー……あれ?何だったっけぇー知ってる??」
「休んだ俺が知るわけないだろ」
「だよねー。ま、見ればわかっしょ!」
「………」
「じゃ、おいら帰るねぇー」
受け取った物をジィッと眺める椋鳥に軽く手を振ると玄関からさっさと来た道に戻って行く。だがその直後、今さっきまでいた玄関からドサッと鈍く何かがぶつかったような音がした。
「おりょ?」
音に気づいたのかトトトッと軽い足取りで玄関に戻り、無遠慮に扉を開け中を覗いた。
「ありゃりゃ?」
すると先程会ったばかりの椋鳥は廊下に倒れてしまっていた。この状況でもノキャはマイペースに近より「だーいじょぶー?」軽い口調で話しかけた。
けれど椋鳥は頬を朱に染め額には冷や汗をかくだけ。オマケにはぁ、はぁ、と辛そうに浅い呼吸を繰り返した。
この様子はノキャに、否、他の人間にも別の物を想像させただろう。
「あらー?とけい君ってばちょー色っぽーい!おいらじゃなかったらぜぇったいに襲われてたねー?」
ニコリと溶けそうなほどの甘い笑みを浮かべ、よいっしょ!と言うかけ声とは違い軽々と椋鳥を抱き上げる。何処に運ぶか考えていなかったようで「お部屋はー?」ぐったりする彼に答えるまでしつこく聞いてしまう。
運ぶ使命感に駆られ、風邪を引いていることはもう頭になかった。
漸く2階にあることを聞き出すとタンタンッと軽快に階段を上がり鼻歌まで歌いだす。
「これは、とおちゃんに感謝しないといけない感じぃー?」
自分に寄りかかる椋鳥の薄朱の首元に顔を近づけチュッと軽いリップ音を鳴らす。そこには桜の花弁に似た痕がついていた。
チクリと痛みを伴ったそれに椋鳥は息を詰めるもそれはほんの一瞬だけで、ベッドに寝かされると安心したように身体から力は抜けゆっくり深い眠りに入っていく。
.
ともだちにシェアしよう!