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第2話『やんちゃは危ないよ』
「はっ、ぁ‥」
熱く喉に詰まる呼吸と渇きに無理矢理意識を浮上させられた。仕方なしに飲み物を取りに行こうと身体を動かす。すると右腕に重みを感じ不思議にそちらを見た。
「‥‥え?」
そこには見慣れないピンクの塊があり、見慣れない筈のピンクだったのだが何故か見覚えがあった。
何処で見たんだ?
思い出せないそれに首を捻っていると、クラリと目眩が起こる。熱はまだ下がっていない。左手で回る頭を押さえていると「頭いたい?」近くで緩い声がした。
何かと顔を上げてみれば、先程はピンクの塊だったそれには顔があり人間だと理解できる。その人間の端麗さにまたクラリと目の前が眩んだ。
ハーフか?目の色も日本人と少し違うし彫りも深い。色白だが不健康さはない。けど、この威圧感はなんだ。
そして、どこかで見たことがあるような……
隣の席だと言うことは思い出せなかったらしく、見覚えがあるが分からない奴。とくくるだけで終わってしまった。
「おいらが玄関出たあとぉ、とけい君ったら倒れちったんだからー」
覚えてる?そう言われ漸くこのピンクが風邪で休んだ自分に、家まで配布物を届けに来た人間だということを椋鳥は思い出した。のだが、肝心なことは思い出せない。
名前を、なんといっただろうか。
隣の席だとはいえ、関わりが無に等しい存在の彼の名を知る機会などなく今に至ってしまった。椋鳥はどうしようか悩んでいると、それに気づいたのかノキャは愉快そうに話し出す。
「ね、ね。おいらのこと誰?とか思ってたりする??」
「………いや、名前が」
「えー!隣の席なのに名前分かんないの!?」
「……すまん」
悪気はないんだ。申し訳なさそうに呟く椋鳥に「ま、関わりないし仕方ないっしょー?」と暢気に言った。
そうなのだけれど、椋鳥にも原因はある。彼はある理由から早退や学校を休むことが多いのだ。
「おいらはみんなにノキャって呼ばれるぴちぴちの16歳でーす!以後お見知りおきをぉ!」
「‥‥‥」
大きな動作でペコリと頭を下げ、テンションの高いノキャに引き気味の椋鳥であった。
自己紹介を終えた彼は心底楽しそうに椋鳥を見て、そのままどうしてかベットへと上る。
「何してんだよ」
「んー?とけい君ってさ、変わった趣味、してぃーねぇー?」
「なんのこ……なっ!?」
否定しようとした椋鳥に、すかさずお尻のポケットからスマホを取り出し顔に近づけ見せると、そこには勝手に開けたのだろうクローゼットの扉が開いた状態の写真が写っていた。
だが、それだけならば「何勝手に開けてんだ」くらいに終わるだろう。しかし椋鳥はそうではなく、焦りを隠せないといった様子で。
「おまっ……え!」
「とけい君ってさ、学校だとちょークールなのにねぇー?」
焦る椋鳥を余所にノキャは楽しげに瞳を細め彼を見つめた。苦しげに顔を歪めるが、そんなことなど気にもせずノキャは彼の胸元に手を当てグッと後ろに押す。
腕捲りから見えている細い腕だが思っていたよりも力が強く体調不良の身体は逆らえないままベッドへ逆戻りさせられた。
「なにすっ!」
「こんな可愛いご趣味があったなんて、おいら知んなかったなー?」
写真に写っていたのはフリルのたっぷりと付いたドレス風の短い黒の服。
所謂ゴスロリという独特な洋服なのだが、特定の女性にはとても人気を泊している。それが何故か男である彼の部屋のクローゼットに沢山掛けられていたのだ。
それだけでなく靴や鞄、ヘッドドレスなど細部までしっかりと揃っていた。
「俺の趣味じ」
「じゃあ、なんでこの部屋にあんのかねぇ?」
「っ‥そ、それは…‥」
「なぁにぃー?」
ニコニコ嫌味な程甘い笑みを浮かべるノキャにどうすることも出来ないと悟った椋鳥は諦めて言うほかない。
ハァ……いくら覚悟を決めたからといって正面から言う勇気はなく、深い溜め息を吐きノキャから視線を外したまま心底嫌そうに口を開いた。
「………仕事だ」
「お仕事?」
いきなりのそれに流石に驚きを見せたがそれも一瞬で、直ぐにまたニコリと笑みを浮かべる。
横目に見えたその笑顔には別の何かが含まれている気がしてならなかったのだがそれよりも、今の状況を何とかしたい。
気にしていられない程内心焦っている。
「もういいだろ。いい加減に、降りろっ!」
「わぁぁ……」
椋鳥は布団の中から足でノキャを蹴り、自分は勢いよく起き上がりながらベッドから簡単に彼を突き落とす。
ドシンッと鈍い音を立てるが「危ないなぁ」と他人事のように呟いただけに終わる。
「っ、……ぅっ!」
いきなり動いたせいで視界はくるりと回り、同時にズキッと頭の痛みが増し、椋鳥は額に手を当てぅぅぅ…と小さく呻きながら背を丸めた。そして苦しそうに何度も咳き込んだ。
「あーもー、暴れるからぁー……」
「うる、っさ!ゲホゲホッ、ゴホッ……ぅぅっ」
尚も咳き込む椋鳥にノキャは近づき背を擦る。暫くすると咳は落ち着き、だがゼェゼェと肩で呼吸していた為、横になろ?と問いかけながら身体をやんわりと押し倒す。優しい動作に驚いた椋鳥だが布団をかけられ、大人しくするしかないと覚った。
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