17 / 57

第17話 疑い

 バイトを終えると、俺はスーパーで食材を買い込み、脇目もふらずマンションに帰った。昼に戻れなかったから、京は腹を空かしている事だろう。早く夕飯を作ってやりたかった。  鍵を開けると、まだ俺のベッドで深く寝入っている京がいる。寝顔をそうっと覗き込むと、身体を拭いた後、律儀にまた元のTシャツを着てシーツに包まっていた。  替えのシャツ、出しといてやれば良かった……。 「……ん?」  そして俺はちょっとした違和感に気付く。それは、香り。京は香水をつけない筈だったが、微かに女の好みそうなフローラルの香りがした。 「京」  ゆっくり寝かせてやりたかったのに、気付くと名を呼んでしまっていた。京は長い睫毛をしばたたかせると、パッチリと目を覚ました。顔色も良い。俺は香水の事で我知らず起こしてしまったなどと言えず、一瞬慌てた。 「あ……お帰りなさい。真一」  だが京は、眩しい微笑みで俺を迎える。 「あ、ああ、ただいま。昼飯どうした? 腹減ってるだろう」 「あ、大丈夫。バイト先の人が、持ってきてくれたから」  それが、香水の主なのか。浅ましいと思いつつも、訊かずにいられなかった。 「手作りか?」 「うん。先輩、料理上手いんだ。賄いとか」  女がわざわざ、手作り料理を届けに来るなんて……。俺の中で、僅かに心が曇った。しかし京は、検討違いな言い訳をした。 「あ! この部屋に勝手にあげた訳じゃないよ。隣でチャイムの鳴る音が聞こえたから、出ていって俺の部屋で食べたんだ」 「……そうか」  嘘のつけない京が、ここまで正直に話しているのを考えると、少なくとも京には全くその気はないらしい。だが、その女はどうだか……。  取り敢えず、汗でびしょ濡れのTシャツを着替えさせる為に、タンスを漁る。どれも華奢な京には大きかったが、適当にTシャツとスウェットを渡す。 「着替えろ。俺は飯を作る」 「悪いな。ありがとう、真一」  嬉しそうに目を細めて言うと、Tシャツの裾に手をかける。  いかんいかん、目に毒だ。俺はそれから目を逸らすと、キッチンにビニール袋を置きに行った。充分に時間を取ってから、リビング兼ベッドルームを覗く。京は着替え終わっていた。  京は振り返ると、 「ぶかぶか」  と言って、困ったように、だが幸せそうに微笑んだ。こっちまで幸せになっちまうような笑み。裾が長過ぎて、爪先しか出ていない。 「そうだな。足引っ掻けて転ぶなよ?」  すると京はぷうと頬を膨らませた。犯罪的に可愛い。 「それ、俺の足が短いって事?」 「そうじゃない。俺より全体的に小ぶりなだけだ」  頬の緩みを堪えながら、俺はきちんと畳まれた京のTシャツとジーンズを手に取った。だが次の瞬間、俺は表情を凍り付かせた。  手にした京のTシャツには、肩の辺りに真っ赤なルージュがついていた。 「……京」

ともだちにシェアしよう!