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第22話 弾いて

「もう身体は大丈夫なのか?」  夕飯を一緒に作って、一緒に食べた後、仲良く並んで皿を洗いながら訊く。 「うん。もう平気」  洗った皿を渡すと、それを京が布巾で拭う。何だか新婚家庭みたいだな、と思うが、新婚の甘さは当分お預けだろう。身体があまり丈夫じゃない京に、無理を強いるのは俺も望まぬ事だった。 「今日も早く寝た方が良いぞ」  クスリと京が微笑んだ。 「心配性なんだな、真一って」 「馬鹿。お前にだけだ」 「真一……」  後片付けを終えた俺たちは、リビングのソファに腰を落ち着けて、テレビをつける。音にこだわりがある俺のテレビは、オーディオ兼用の左右二つのスピーカーに繋がれていた。  ふと、京が顔を輝かせた。部屋の隅に立て掛けてある、ブラウンのベースに眼差しを注ぐ。メーカーはバッカスで、十万弱した、俺の唯一の財産と言ってもいい。いずれは、ベース界のロールスロイスと言われる、七十万以上するウォルを弾くのが夢だった。 「そう言えば俺、まだ真一のベース聞いてない!」 「あ? まあ、そうだな」 「弾いてみせて」 「あー……。アンプに繋がないと、ショボいからなあ」  俺はある企みをくわだて、やんわりと断る。 「駄目?」  ガッカリと眉尻を下げる京に背を向け、俺はリュックサックから紙切れを二枚、取り出した。片頬だけを上げて笑み、それを京の手に握らせる。 「ん」 「ん?」  長方形の紙切れの細かい文字を不思議そうに目で追うと、途端に京はパッと明るい表情を上げた。やっぱり、分かりやすい奴だ。 「真一これ、ライヴのチケット……!!」 「喜び過ぎだ。ワンマンじゃねぇし」 「でも凄いよ、真一!」 「ありがとよ」  言って、ベースを取ってくる。 「京、ギターとか弾いた事あるか?」 「え、な、ない」  問いかけつつも、有無を言わさずベースを構えさせ、俺は京の背中に張り付いた。後ろから両手を握り支え、コードを幾つか出鱈目(でたらめ)に奏でる。 「真一、出来ないってば……」  腕の中で、仰け反って俺の顔を困ったように見上げてくる京の温もりが心地良い。これくらいのご褒美があっても良いだろう。 「じゃ、まず、音階を教えてやる」  下心は隠し、俺は京を促してドレミファソラシドを弾いて見せた。 「こ……こう?」  すると驚いた事に京は、一回見ただけで正確に音階を弾いてのけた。 「……京お前、本当に今初めて弾いたのか?」 「うん。軽音部とかなかったし」  やや絶句して、京に楽器を教えてやりたい気分になった。だが時計を見ると、もう十時だ。最後に名残惜しく、後ろから抱き締める。 「わっ……どうしたの、真一」 「お前、最高……」 「えっ。何が」 「全部」 「え……急に、どうしたんだよ」  大人しく抱かれているものだから、つい調子に乗って京の項を甘噛みしてしまった。 「ひゃっ!」  噛んだこっちの方がビックリするほど、驚きの声が上がる。それにハッとして、俺は京を解放し、手を取って立ち上がらせた。誤魔化して明るく念を押す。 「来週の日曜だからな、絶体に来いよ」 「……うん! 勿論!」  京は、甘い誘惑の感触とおやすみのキスを残して隣の部屋へと帰っていった。

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