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第25話 幼な妻
夕飯の後、俺は日課になった京へのギターレッスンをしていた。ライヴを見にきて以来、京はバンドに興味を持ったようで、熱心に色々と訊いてくる。俺はと言えば京とスキンシップが取れるのを目当てに、その思いに応えていた。
ライヴの後、たっぷりキスを交わした事もあったが、バイトとバンド内のゴタゴタで、京に手を出す気にはならなかった。京も、そんな事はこれっぽっちも考えていないようだ。
……幼な妻を貰った気分だな。
そんな風に心の内と片頬だけで笑いながら、俺は余りにも熱心な京に提案した。
「少し休まないか、京。ビールでも呑もう」
「えっ……ビール?」
戸惑ったような声音に、ピンときた。
「お前、呑めないのか」
「うん……昔、大学の新歓コンパで呑まされて、ひどい目にあって以来、一回も呑んだ事ない」
ふと、悪戯心が動いた。
「大丈夫だ、無理に呑ませたりしないから。限界を知っておくのも大事だぞ」
もっともらしく言うと、京はちょっと困ったような顔を見せたが、やがて素直に頷いた。
「そうだな……じゃあ、ちょっとだけ」
俺はキッチンに行って、よく冷えた缶ビールを二本、抱えて持ってきた。常に缶ビールの十本くらいは冷蔵庫に入っている。京に一本を渡すと、早速プルトップを開ける。
「京、乾杯しよう」
「何に?」
張り切って言う俺に、京がふふと笑った。
「俺たちが付き合って、一ヶ月目に」
「嘘。そんなに経ってないよ」
「俺はもう、一年も経った気がするけどな。取り敢えず乾杯だ」
京はまた笑いながら、缶ビールを軽く掲げた。それを触れ合わせ、俺も笑む。
「俺たちに」
「真一って、結構気障なんだな」
一口呑んだ途端、京は目元を淡く染めた。
こりゃ、相当弱いんだな。気を付けて見ててやらねぇと。
そんな風に京の顔を肴にビールを呑む。だが心配していたような事態にはならず、京は笑い上戸で、楽しい酒になった。握りしめた一缶目のビールは、一向に減らなかったが、京はそれで満足なようだった。
やがて、三百五十ミリの缶ビールを半分ほど呑んだ京は、呂律が回らなくなっていた。楽しそうに口数の多くなる京に、ついつい止めるのが遅くなってしまった。これは完全に酔っている。俺はその手から缶ビールを取り上げると、やんわりと促した。
「京、明日早番だろ。起きられなくなるから、もう帰って寝ろ」
「嫌ら……」
「酔っぱらい過ぎだ」
「酔ってにゃい」
服で覆われていない素肌は何処もかしこも桜色に染まっていて、思わず京の裸体を想像してしまい、俺は慌ててかぶりを振った。
「自分で帰らないなら、送っていってやる」
ひょいと京を軽く抱き上げると、隣の部屋まで運ぶ。大人しく俺の首にしがみついていた京だが、ベッドに横たえ身を離そうとすると、駄々っ子のように嫌々と小さく首を震わせた。
「帰らないで、真一……」
ギクリとするほど、色香を含んだ声音が上がった。言葉通りにしてしまいたくなるほどに。
「京……」
だがその顔を覗き込むと、すでに瞳は閉じられていた。
「京……」
台詞は全く同じだが、期待から落胆に言葉尻を下げ、俺は京を起こさないようにそうっと腕を解くと、十歩の家路を力なく辿った。
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