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第32話 ネクタイ

「真一……!?」  ネクタイで緩く手首を縛り上げると、京は驚いて瞑っていた瞳を開けた。 「何するんだ!」  抵抗をみせるが、腕の自由がきかないので、簡単に押し倒せてしまう。戸惑いと、僅かに怒りを含んだ顔色に、俺はもう一度だけ啄むようにキスをした。 「怒るな。お前の嫌がる事はしないから」  俺は京の拳にも口付ける。緊張に固く握られたそこを綻ばせ、細い指を口に含んだ。そこは慣れないギターに、硬くなってマメが出来ていた。 「えっ……」  丁寧に一本一本、労るように第一間接に舌を這わせ、指の股もねぶる。その指越しに、頬を染めた京の顔が見えた。 「し、真一、くすぐったい……」  親指を甘噛みすると、 「ん」  と、キスした時と同じ声が上がる。  京、それはくすぐったいんじゃない、感じてるんだ。そう言いたいのを堪え、俺は両掌で京の耳をふわりと包んだ。 「嫌じゃないだろ? 目ぇ閉じろ」 「うん……」  抵抗をやめた京は、素直に言葉に従った。俺は、耳元に寄せていた掌を、ぴたりと合わせて京の聴覚を奪う。そして、今度は深く口付けた。  腕の自由と視覚、聴覚を奪っての口付けは、通常より感覚が鋭敏になる。裏から歯列をなぞり、舌を引き出してその柔らかい表面を縦横に絡めると、京は甘く掠れた呻きを鼻に抜けさせた。耳を塞いだ事で、粘液の混じりあう水音が、その中で響いている筈だ。 「ん……やっ……」  顔を挟んだ両掌から、熱が伝わる。角度を変えて幾度も食むと、京の呻きが一オクターブ高くなった。それでも、京の聴覚と味覚を犯す事をやめないでいると、喉の辺りに蟠っていた不自由な指先が、俺の顎を引っ掻いた。ギブ、か。 「はぁ……」  唇を離すが、銀糸が俺たちを繋ぎ、やがてプツリと切れた。京は、とろりと潤んだ瞳で俺を見上げていたが、俺がそれを愉しむように片頬を上げると、緩く開いていた唇を閉じて、理性を取り戻してしまったようだった。  残念。俺が一番好きなカオが、やや拗ねたように言った。 「真一……これ、解いて」 「嫌か?」 「嫌……じゃないけど……こんなの、やっぱり……嫌だよ」  顔を真っ赤にしてポツリポツリと呟く。モラリストの京が返答に困るのは想定内だったから、俺は喉の奥で笑って、大人しくネクタイを解いてやる。 「悪りぃ。でも、気持ち良かったろ」 「う……ううう~ん……」  考え込むような呻きが返ってきて、これには思わず噴き出してしまった。 「真一……!」 「あ~、悪りぃ悪りぃ。お前があんまり……可愛くて」 「もう……」  自由を取り戻した両手首をさすりながら、京は不服そうに唇を尖らせる。このカオも、悪くない。 「次は俺が、真一に罰ゲームさせてやる」  そう強気に言って、先程まで俺に(なぶ)られていた指を、俺の肩にかける。引き寄せられ、軽く唇が触れ合った。 「どんな罰か、楽しみだ」 「あー! 絶対負けないと思ってるだろ!」 「まあな」  くつくつと笑うと、京は小さな怒りをみせて頬を紅潮させた。可愛い京。お前の考える罰ゲームは、どうせ幼いものだろう。だがこれ以上ゲームを続けたって結果は見えている。 「さ、もう帰れ」 「今度は絶対勝つんだから!」  強気なその言葉とおやすみのキスを残して、京は部屋へと帰っていった。

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