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第34話 お強請り

 健吾とはその翌日遅く、電話で話し、意外にも意気投合した。「モテる為にバンドをやっている」というのは、俺の前のバンドのヴォーカルのようにファンに手を出す訳でなく、単に「スターになりたい」という意味らしい。その手のトラブルは起きなさそうで、安心した。  音楽の方向性も似通っているし、メンバー入りの話はあっという間に纏まった。曲の創作意欲を刺激され、俺は電話を切ってすぐに、寝食を忘れて譜面と睨めっこし始めた。パソコンの音楽ソフトが普及した昨今だが、俺はアナログな譜面の方が、感情を込めやすくて好きだった。  やがて、夜番の京が帰ってきて、カーテンも引かず灯りの漏れている俺の部屋に気付いたのだろう、合鍵で入ってくる。 「真一? まだ起きてるのか? もう三時だぞ?」 「明日、休み」  生返事を返し、ひたすら弾いては譜面に音符を落としていく。夢中になっていて、おかえりのキスも、言葉さえも言っていなかった。 「……俺も、明日休みなんだけど……」  そう呟かれた言葉は、俺の耳を右から左へと抜けていった。 「おやすみなさい」 「おう」  やはりおやすみのキスもなく、俺たちはその日分かれた。一度もキスしないなんて、付き合ってから初めての事だった。  結局、朝陽が眩しい午前七時まで没頭して、空きっ腹にカップラーメンを流し込み、俺はくたくたになって眠りについた。     *    *    *  午後三時頃に目を覚まし、熱いシャワーを浴びた。創作意欲は少しも衰えず、バスローブのまま、ソファで昨日作った曲を見直す。時刻は、午後四時半になろうとしていた。 「真一、起きてたの」  背後から声がかかり、初めて俺は京が部屋に来ていた事に気が付いた。 「おう、京。夜番か?」 「休みだよ。君がまだ寝てると思ってチャイム鳴らさなかったんだけど……」 「そうか」  譜面に目を落としたまま、上の空で返す。……待てよ。ややあって、俺はようやっと京の言葉が飲み込めた。 「休みか?」  振り向くと、危惧した通り、京は表情を曇らせていた。今度の休みには何処かへ出掛けよう。バンドの事で頭がいっぱいになっていたが、そんな約束をした気がする。 「昨日、そう言ったよ」 「悪りぃ京、曲書いてて……っ!?」  言い訳は、京の唇に封じられた。ぶつかるように思い切り抱き付いてきて、キスをする。今までこんな事はなかった。もどかしげに舌が入ってきて、深い口付けを強請る。  俺は一瞬驚いたが、すぐに応えて舌を絡ませた。譜面を持った手を背に回し、京を抱き締める。いつもより長く深いディープキスを交わした後、京は俺に抱き付いたまま、ぽつりぽつりと語った。 「真一がバンドに夢中になるのは、分かるよ。謝らなくて良い。その代わり……少しは俺もかまってくれ」  譜面と俺との間で、そんな嫉妬をみせる京が愛おしくて、俺は胸に京のブラウンの髪を押し当てた。 「ああ……京の事忘れるなんて、俺が馬鹿だった。昨日の分も、キスしよう」  そう言って、俺たちは再び一つになる。楽譜が手から落ちて京の尻の下でクシャクシャになったが、そんな事は今はどうでも良く、互いに互いの髪を梳きながら、俺たちは深い口付けを強請り合った。

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