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第35話 約束
京がこんなに積極的に俺に応えてくれたのは、初めてだった。舌を吸うと京のそれが差し出され、絡まってくる。両手は俺の癖っ毛の後ろ髪をかき乱し、引き寄せる。バンドの事が頭の片隅になければ、そのまま最後まで抱いてしまいそうな勢いだった。
断腸の思いで身体を離すと、不服の呻きが上がる。
「京……これ以上すると、襲っちまうぞ?」
冗談めかして言うが、京は本気だ。
「良い……それでも」
俺は目眩を感じて、かぶりを振った。京……お前は俺をショック死させる気か! 辛抱強く潤んだ瞳を見詰め、俺が乱したブラウンの髪を撫で付けてやる。
「あのな京……。今のお前は、いつものお前じゃない。俺が昨日構ってやれなかったから、嫉妬してるようなもんなんだ」
「嫉妬? 何に?」
やっぱり無自覚か。俺は、ソファと京の尻の間から、クシャクシャになった楽譜を取り出した。
「これに」
「えっ……」
戸惑いの後、納得したように頬が染まる。
「だから、勢いだけでそうなったら、後で絶対後悔する」
京は冷静になったようで、上気したまま俯いた。小さな声で、俺を驚かせる。
「真一は……俺が欲しくないの?」
欲しくない訳がない。だが今は、バンドが出来上がりつつある。
「欲しいが、それは今じゃねぇ」
「俺が子供だから出来なくて……その内、飽きちゃったりしない?」
昨日の一日分だけじゃない、それは付き合ってから今までの心配なのだろう。上がった瞳は、先ほどまでの快感ではなく、不安に潤んで揺れていた。
「京お前……そんな事考えてたのか」
顎を人差し指に引っかけると、チュッと唇を啄む。
「んっ……」
「不安にさせたな。けど悪りぃ、今お前を抱いたら……俺はお前に溺れちまう」
京の肩に顎を乗せ、そっと抱き寄せる。京もきゅっとしがみついてきた。
「今は、バンドが出来上がってから、お前に溺れたい……良いか?」
触れ合った頬から、熱が伝わってくる。
「真一……」
「その代わり、たっぷり溺れさせてくれよ」
耳朶を甘噛みすると、ぶるっと震えて、京は身を引いた。俺を知ってしまったら、もう離れられなくさせてやる。それまで、しばしの安寧を。京。
その日は、夜まで語り明かした。今は何気ない語らいが、何よりも心地良い。やがて、京は夕飯を作りにキッチンへ行き、後を追おうとした俺にこう残した。
「真一は、曲作れよ。しばらく、作れる時は、俺がご飯作ってあげる」
「京……」
お前、よく出来た嫁だな。心の中で呟いたのだが、顔に出ていたらしい。京が照れたようにキッチンの奥へ消えた。
「生姜焼きで良いよな」
「サンキュ、京」
カウンターキッチンに現れた京は、自前のフリルエプロンがよく似合っているのだった。
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