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第43話 デビュー?
俺と京は、それぞれメンバーに電話をかけ、Seekerの話をもちかけた。皆が驚き快諾してくれたが、正史郎さんだけは、まだ本人かどうかを疑っているようだった。その真偽を確かめねばならない。
「真一、まだ店やってるから、今から行こうよ」
京は興奮覚めやらず、身を乗り出してせがんでくる。滅多に願いを言わない京の、細やかな我が儘。輝く鳶色 の瞳を見ては、俺の降参だった。
「分かった。着替えるから、ちょっと待ってろ」
俺はクローゼットに向かい、作業着を脱ぎ落としてTシャツを探す。その背中を見て、京が小さく息を飲むのが分かった。
「どうした?」
「……いや、その……ごめん、真一」
振り返ると、その頬が赤らんでいる。
「何がだ?」
顔色を見て何となく察しはついたが、俺は意地悪く空っとぼけた。京の肌が、見る見る内に耳の先まで淡く染まる。
「あの……俺も、痕……」
消え入りそうな声で言うのに、俺は少し笑った。昨夜 京は、俺の背に爪を立てたのだ。
「ああ、可愛い茶色の猫に引っ掛かれた。痛くねぇ、気にすんな」
「ごめん……次から気を付ける」
呟きに、背を向けたまま思わずニマリと片頬が上がる。次? 鼻血出そうな事言うんじゃねぇ、京。無意識に発したであろう台詞に、これ以上言及しては機嫌を損ねかねなかった為、心の内にしまって俺は黒いTシャツとジーンズに着替えた。
Seekerの店は、わざわざ交通の便の悪い、町外れの錆び付いた商店街の一角にあった。そうでもしなければ、客で溢れ返るからだろう。コアなファンの間では有名だったが、看板も何もなく、申し訳程度に、ショーウィンドウに古いLPレコードが飾ってあった。
車で行ったが、初めてな場所の上カーナビにも載っていないものだから、少し遠回りになってしまった。閉店間際で一人も客の居ない店内に入る。古めかしい内装の奥から、艶やかな黒髪を腰まで揺らした長身の男が現れた。
「Seeker……!」
背後で京が思わず漏らす。現役時代はサングラスをかけ、長髪を後ろで縛りスーツに身を包んでいたSeekerだが、彼はいまや季節感を無視した黒いチェスターコート、顔を隠すような大きな帽子に長い前髪の下で、三日月のように薄く笑った。
「おや……誰かと思えば、早速来てくれたのかい、WANTED with rewardのベースくんとギターくん」
楽しそうに含み笑うSeekerに、一瞬躊躇った後、俺は切り出した。
「初めまして、Seekerさん」
「さんはおよしよ。私の事を知ってるから、来たんだろう? 君たちとは、もっとフランクにいきたいねぇ」
「じゃあ……Seeker。あの留守電は、真面目な話か?」
飄々とした物言いに、一抹の不安を覚えて問いただす。
「勿論」
「あの、Seekerさ……」
「さんはおよしってば」
堪らず発した京の台詞を、Seekerが遮った。おずおずと、 言葉通りにする。
「……Seeker。俺たちに、見込みがあるって事ですか?」
「あぁ。初ライヴであれだけ完成されてりゃ、上出来だねぇ」
「具体的な話を聞きたい」
「じゃあ、もう店を閉めるから奥へ行っておいで。紅茶があるから、黒いヴァイオリンくんに頼むと良いよ」
そう言うと、Seekerはさっさと店の入り口に向かう。俺と京は顔を見合わせたが、シャッターを下ろしている後ろ姿に掛ける言葉を持たず、言われた通りに奥へ続くドアを開けた。
「おや、お客様ですか」
不規則に倚子の並ぶ、店よりも広いバックヤードには、Seekerの言ったように黒ずくめの男と、まだあどけなさの残る面差しの幼い少年がいた。
「初めまして。ベンジャミン・チャックと申します。こちらは桐生圭人 様。今、紅茶をお淹れしますね」
ベンジャミンは二十代後半の碧眼の外国人で、ストレートなくすんだ金髪を、やや長めに伸ばしている。圭人はまだ十代前半に見える小柄な……これが紅顔の美少年かってくらいの、整って色香さえ感じる顔立ちをしていた。
色は黒ずくめと蒼ずくめ、何世紀か時代を間違えたような、レースやフリルがふんだんにあしらわれたゴシック調のドレスアップスーツを着ている。その独特の雰囲気に気圧されながらも、俺たちもそれぞれ名乗った。愛想の良いベンジャミンとは正反対に、圭人は仏頂面で軽く黙礼しただけだった。
「お座りください」
「ああ……」
これも古めかしいランプの炎だけが灯りの薄暗い室内で、沢山並ぶ倚子の一つに手をつき、アンティークらしい木の質感にやや躊躇う。よく見ると、肘掛けや座った時に頭がくる位置に、沢山の配線がついているのが見て取れた。
「ああ、この電気椅子は、Seekerの趣味です。気にしないでください」
「電気椅子!?」
そこへ、Seekerがチェスターコートの裾と黒髪を靡 かせて、戻ってきた。
「おや、さっそく仲良くやってるねぇ。自己紹介は済んだかい?」
ベンジャミンが、はいと答える。Seekerが、心底楽しそうに言った。
「デビュー出来るのは、どちらか一組。彼らがヴァイオリンとヴォーカルのユニット、少年貴族だよぉ」
衝撃の条件付けに、俺たちは二人──少年貴族をただ見詰めた。
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