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第4話 手作り料理

「真一さん、何が好きですか?」  ショッピングカートを押しながら、京が俺を振り返る。その何気ない仕草が気に入り、俺は考えるふりをしながら京のくりくりと大きな瞳と視線を合わせた。ん? と小首を傾げる様が、中性的でひどく魅力的だ。  ウッカリ見とれていると、京が俺の目の前で片掌をひらひらと振った。顔に出てたかな、と俺は慌ててぶっきらぼうに答えた。 「ラーメン」 「ラーメン? 暑くなりますよ。冷やし中華で良いですか?」  と、また肩越しに小首を傾げる。これには思わず笑ってしまった。 「真一さん?」 「いや、何でもねぇ。それで良い」 「分かりました!」  顔を前に向けると、俄然張り切って食材を選び出す。一本売りのきゅうりを選ぶのに、二人であっちが良いこれが良いと、品定めをする。料理が好きなのか、生き生きとした京と買い物をするのは、とても楽しかった。  帰り道、荷物を等分に分けて詰めてくれた店員の気遣いが、けれどもどうにももどかしい。俺は手を伸ばし、京の分のビニール袋も掠め取った。 「え? 良いですよ、真一さん。わざわざ二つに分けてくれたのに」 「こうしなきゃ、手ぇ繋げないだろ」 「……えっ」  京は、たっぷり五秒はあけて驚いた。流石に早かったか。理解不能にポカンとしている京に、 「いや、何でもねぇ」  と打ち消し、俺は先を急いだ。  独り暮らしが長いのか、台所に立つ京の姿は、男にしては様になっていた。「これ、姉のお下がりで」と照れるライトブルーのフリルエプロンも、男にしておくのが勿体無いくらい似合ってる。包丁とまな板の打ち合わされる小気味良い音がキッチンから断続的に聞こえてきたかと思うと、やがて料理が運ばれてきた。  きゅうり、ハム、トマト、錦糸玉子、紅生姜、刻み海苔が色鮮やかに盛り付けられた冷麺が、目にも食欲をそそる。食前の挨拶もそこそこに、俺はそれを頬張った。時刻はちょうど夕飯時(ゆうめしどき)だった。 「……マズくない?」  ちょっと不安そうに上目遣いで尋ねてくる。その問いに俺は、馬鹿正直に答える事にした。 「物凄く美味しい!」 「えっ」 「……って訳じゃねぇけど、愛が詰まった味だな。旨い」 「えっ……」  京は今度は理解したようで、頬に朱をはいて、戸惑ったように弁明した。 「それは、お礼ですし……」  モゴモゴと言い訳と冷やし中華を口の中で咀嚼しながら、京は目を皿に落として無意味に箸で麺をつつく。俺はそんな京を肴に冷やし中華を平らげると、引き際だろうと腰を上げた。 「ご馳走様。旨かったぞ」 「あっ……」 「何だ?」 「いや……何でもない。片付けてくれて、ありがとう」 「お安いご用だ。また何かあったら、いつでも呼んでくれ。じゃ、な」  玄関まで送ってくれた京の瞳が、何か物言いたげに名残を惜しんでいるのを知っていて、俺は京のブラウンの髪に軽く触れると彼の部屋を後にした。  恋の駆け引きなら、お手のものだった。

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