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第1話

月明かりが部屋を照らす 「……あ……ァ……」 「ここが良いのか?」 「……はぁ……旦那様……」 「背中に手を回して……」 「あぁっ……!」 「なぁ。琥珀(こはく)。 身請けの話は考えてくれたか?」 「…………私には勿体ないお話でございます」 常連客が身請けの話をしてくれる 特に珍しい事ではなく、 断るのもこれで何回目だろうか 男娼の華は短い いつまでも今と同じように 客を取れるわけじゃない だけど想像できない 誰かと暮らすなんて…… …………愛なんて知らない 物心ついた時から見てきた 愛は金で買うもの 体は生きる為に売るもの 江戸時代 俺が生まれる前 亡くなった父様は それはそれは美しい陰間だったそうだ 女を買う吉原 男を買う陰間茶屋 性を売る生業 父様は常連客である旦那様に身請けされ、 幸せに暮らしていた 時は代わり、明治 男同士は良くないものとされ、成りを潜める 陰間は男娼と名を変え、 ひっそりと夜の町に隠れていた 旦那様はじきに町一番のお嬢様とご結婚 お世継ぎがいないと 白い目で見られる世の中  旦那様はなかなか子宝に恵まれなかった 父様は旦那様に頼まれ、 秘密裏に奥様に子を宿した …………それが俺だった 幸せは長く続かず、旦那様が亡くなり、 続けて後を追うように 母様も海に身を投げ帰らぬ人となった 父様は生きていく為に、俺を育てる為に、 再び男娼として生きる事を選んだ しかし、生活は苦しかった 父様はろくに食べられず、 俺にばかり食べ物をくれていた記憶がある 愛に溺れる者 自分を見失う者 『人を愛し、愛される』 ここではそんな物、存在しない 『体を売り、愛を買う』 それが俺が生きる場所だった 一時の逢瀬 甘い言葉と駆け引き 客に本気になってしまい、裏切られ捨てられ 傷つく者をずっと見てきた 幼いながらに理解した 男娼は幸せを求めてはいけないのだと…… 父様は俺が10の時に病気で亡くなり、 生き方を知らなかった俺もまた、 自分を売り、生計を立てる事となる 異国の文化が入り、町並みは日に日に変わる 見慣れない食べ物 変わった服装 変化に戸惑いながら慣れ親しむ人々 俺には全然関係ない話だ 閉ざされた鳥籠の中 生きていく為に、今日も俺は体を売る  

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