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第1話 カゲモリ

「あ、景森くん」 「……」 「うおーい景森くーーーん!」 「……」 「景森中也(かげもり ちゅうや)くん!!」 「は、はい!」 「こら!…君、カ ゲ モ リ君でしょう?カゲモリ!カゲモリ!覚えた?まったく、ちゃんとお返事してよねー」 「はい、先生すみません」 担任の西田先生に溜息をつかれてしまった。 先生はまだ二十代で国語担当の女の先生だ。 若いのに前の学校で卒業生を送り出しているらしく、どこか落ち着いている印象を受けた。 「慣れないのは、まぁわかるけどねー!はいこれ~プリント配っておいちょうだい!」 「……は、あはは……はい」 そう言いながら配布分のプリントを手渡すと、西田先生は手をひらひらさせながら、さっさと階段を下りて行ってしまった。 西田先生は俺の家庭の事情を知っている。 大きな校舎は1ヶ月経った今でも、慣れなくて未だに迷ってしまう。 …… 窓の外を眺めれば、運動場に向かうジャージ姿の生徒達がだるそうに歩いているのが目に入った。 …… な、慣れない。 まだこの学校にも、この苗字にも俺は慣れてない。 「はぁ……」 やる気のないため息を吐く。 以前の苗字は鈴木だった。 鈴木だぞ鈴木……普通にどこにでもいる鈴木さんだ。 メジャーな「鈴木」から今まで一度も耳にしたことのない「景森」という苗字へと変わった。 その理由は簡単で、親が再婚したからだ。 再婚した母さんは、向こうの戸籍に入り苗字が変わるけど、子の俺は今まで通りの戸籍だ。 変える必要はないと思ったけど、向こうの親がちゃんとしたいからと言って養子縁組をすることになった。 鈴木のままでも良かったけど…母さんに説得させられたんだ。 「ちゅうちゃん!こっちの苗字の方が、ちゅうちゃんの運勢あがるみたいよ!」 ……だ、そうです。 …運気アップだってよ。 どうしても俺、鈴木でいたい!っていう強い思いがあったわけでもないので、親のいいようにしてやった。 でも「景森」と呼ばれることに、こんなにも慣れないとは思わなかったわ。 実際担任の先生から呼ばれても、全然気がつかない俺って…はは…自覚が足りないな… この学校へは、向こうの家族と一緒に住むことになった際に転入してきたんだ。 もう鈴木中也はいない。 「景森中也」が俺だ。 友達なんてできなくてもいい…って……思っていたけど、運気アップの効果か、思いの外すぐできた…… マジ運気アップ効果は抜群だ。 しかも即効性? い、いや、違うな俺の実力だな…… うんうん。

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