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「おはようフィル」
「はっ、がっ、エリオットさまおはようございます…!」
不意に後ろから声が飛んできてフィルは慌てて煙草を携帯灰皿に突っ込む。慌てたせいで指を少しやけどしてしまった。
立ち上がって振り返ると、思った通りそこには主人のエリオットが清々しい笑顔で立っていた。
「どお、ルッツとは上手くやれてるか」
「そんなわけないですよね。一応聞きますけど、あの人殺したら駄目ですか」
「うん。だめ」
即答された言葉が望んでいたものとは違っていても、その無邪気な笑顔だけで癒される。
「まあでも、多分フィルよりルッツの方が強いと思うから無理だろうけど」
「む、それはやってみないと分かりませんよ」
「ルッツは昔、名の知れた傭兵だったからな。戦闘以外ならお前が上だろうけど。料理とか。あいつの料理は凄いぞ、いろんな意味で。今はましになった方だ」
人の気も知らないで愉快そうな彼だが、生き生きと従者について語る主人はフィルにとってそれだけで神々しい。ふと、彼の言う傭兵が気になったが、深く尋ねる気はなかった。
「そもそもおれは、お前がわがままなんだと思うね。おれの従者となる予定だったお前の兄三人を既に消しているというのに、そうやっていつも他の者を邪魔者扱いして」
「まだ根に持ってらっしゃるんですか。まあ、おれはあなたに恨まれようが、あなたのお側で命を捧げることができるのならなんだっていいんですよ」
ふと、この姿をしていた頃の自分を思い出す。確かに、ルッツのせいで幼い姿に戻されたのは腹立たしいが、そもそもフィルにとってはエリオットに仕えることこそが生きる目的である。
ーーおれが生きている限り、おれ以外のブラッドロー家誰ひとりとして、あなたに仕えることができないようにしてください。この願いを脅かす可能性のある存在も、全て、消し去って。
エリオットの眷属になると誓いを立て、願いを言えとエリオットに言われたとき、フィルは迷わずそう言った。その願いに、最初、エリオットは困った顔をした。だが、すぐに懐かしそうに笑ったのだ。
ーーお前の望みのせいで存在が消える者もいる。その代償として今後おれは、お前の命を好きに使う事にする。死ねと言えば死ぬんだ。出来るな?
見上げた赤い二つの目は恐ろしく、そして美しかったのを覚えている。フィルにとっては願ったり叶ったりの代償だった。その結果、こうして好き勝手に体を作り変えられてはいるが、それもそれで自分の望んだことでもある。
「よく考えれば、どんな姿であろうとどんな辱めを受けようとも、おれにとっては大したことではありませんからね。かと言ってあいつに屈するわけではありませんが」
「へえ、辱めってどんな?」
「……失言でした。忘れてください」
「なんだ、教えてくれないのか。ルッツは結構なサディストだから頑張れよ」
昨日の夜のことが思い出され、顔が熱くなる。何はともあれ、いいようにまさぐられて自分から強請った事実は消えない。
にやりと笑うエリオットが顔を覗き込むようにして見つめてくるので、フィルはさっさと歩き出す。
「掃除でもしてきます」
「いってらっしゃい。いい子にしてるんだぞ、フィル」
呑気な主人の声に、この生活がしばらく続くのだろうと確信するのだった。
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