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第1話

春が来た。 ここでお世話になってから、2度めの春だ。刺すように冷たい空気が温かなものに変わり凍瘡(しもやけ)だった足の指が治り始める。もっとも、(きよし)様のご厚意で足袋を履いていたから、酷くならずに済んだ。 廊下から見える桜を横目で確認する。満開を迎えた庭の桜は、風に吹かれて、たわわな花の実を揺らしている。 「清様、おはようございます。」 横になることが多い清様のため、旦那様が取り寄せた西洋のベッドが鎮座する部屋には十二分に朝日が差し込んでいた。 「おはよう、雄一郎(ゆういちろう)」 今朝は体調が良いらしく、縁側にある椅子にお座りになっている。明るい光に照らされた清様があまりにも綺麗で一瞬見惚れてしまうが、余計な雑念を振り払う。 「今日はいい天気ですね。ですが、冷えますので1枚羽織ってください」 「今朝はあったかいじゃないか。もう、雄一郎は世話焼きだな。上着なんかいらないよ」 「いいえ。清様がお風邪を召されたら叱られるのは私です。どうか着て下さいませ。世話焼きは私の仕事です」 午前中はほぼ寝間着で過ごされることが多いので、浴衣の上から無理やり上着を羽織ってもらう。 そして、俺が朝食の膳に忍ばせた桜の枝を、清様が目を細めて愛でられた。細くて白い指には桃色の花弁がよく似合う。 「綺麗だな。桜はもう満開か。ついこの間木蓮が咲いたばかりだと言うのに、春は忙しないのう」 「よろしかったら食後に庭を散歩しませんか?枝垂れ桜や八重桜も満開ですよ」 「ああ。いいな。俺もそう思っていたところだ」 通常、主と使用人は食事を共にしないが、朝飯は特別ご一緒させていただいている。1人で食べる飯は味がしないと、清様は俺の同席を求めてくださったのが始まりだ。 俺は15歳だった2年前から華族である伊集院家に使用人として奉公している。大旦那様はいくつも工場を持つ大きな会社を運営されていて、お姿を見ることは稀だ。 江戸の時分に建てられた大きなお屋敷は庭も部屋数も想像を超え、遥かに広くて多い。一体何人働いているのか未だに分からない。 俺の役目は清様のお世話をすることだ。 清様は伊集院家の四男で、お身体が弱いため、ほぼ部屋でお過ごしになられる。22歳だというのに、その姿は少年かと思うくらい幼く妖艶だ。他人から過度に触られることを嫌い、髪は腰まで長く肌は透けるように白い。笑うと紅い唇が美しく弧を描く。 俺は清様のお付になり心からこの仕事を誇りに思っている。できれば一生お仕えしたい。

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