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第2話
約束通り、食後に庭を散歩する。
桜の香りが辺り一面に芳しく広がっていた。若草色の羽織ものを肩にかけた清様が一歩先を歩き、突然振り返って俺に微笑みかける。何か言いたそうな雰囲気に、四十雀 が花房を啄むのを見ていた俺は慌てて駆け寄った。
「雄一郎には好いとる女子 はおらんのか」
「えっ……あ、そ、そんな、めっそうもないです」
「滅相もないって、雄一郎も17になるだろう。そろそろ縁談の一つや二つ、無くてはだめだよ」
幼子から急に年上の顔になった清様に、俺は慌てふためいた。
ことあるごとに俺の将来を心配してくださるが、此方 は全く分かっていないのだ。
そもそも一年中伊集院家の屋敷にいる身で女子と話す機会がない。邸内に女中は数人いるが、いかんせん清様よりお綺麗な方はいないのだ。毎日、お世話をさせていただき、日に日に彼の魅力に取り憑かれ纏う空気に酔いしれていた。手がお身体に触れ憂いな表情を見るだけで、俺の心は振り子のよう踊り出す。全てが清様ありきな俺には縁談なんて滅相もないのだ。
俺は清様を心から好いている。
他には全く興味が無い。清様さえいれば何も要らないと随分前から自覚していた。
「お前は、俺と違って自由の身だ。どこにだって行けるんだよ。拘 る家もない。羨ましいよ」
「清様………」
「俺は籠の鳥だ。自由なことは何も出来ない。雄一郎も分かっておるだろう。兄上達は父上の会社経営の重役を担っている。他の兄弟も皆、ゆくゆくは父を支えるのだ。俺だけがつまらない屋敷で過ぎ行く日々を消化してるだけとは思わぬか」
貴方さえ居れば私は何もいらないと、俺みたいな使用人には口にできる訳がない。浅ましいと罵られて当然だ。身分が違いすぎる。
清様がおっしゃる『自由』には如何程の価値があるのか、俺に分からなかった。
「思いません。そんな、悲しいことを言わないでください…………」
泣きそうになり、俺が顔を歪めると、清様は少しだけ笑顔を見せた。
「雄一郎、すまんのう。この日差しに当てられておると、外へ行きたくなるのだ。一体外の世界は何があるか、蛙 は大海を知りたいのじゃ」
「………清様が蛙ですか……ふふふ……」
「なんだ。俺が蛙で何が悪い」
清蛙も悪くない。
2人で笑うと曇った心が春空に溶けていく気がした。
事実、清様は籠の鳥だった。旦那様は22歳になる清様を未だに外へ出そうとしない。兄弟でお独りだけ、いつまでも療養という形で屋敷に留まっていた。
閉じ込めておくほど、鳥は足掻くもので、静かに歪みが生まれていることに誰もが気付かぬふりをしていた。
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