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後編

 夜は冷えるから、2人で寄り添って眠った。  暖かい。人の体温って暖かいんだな、と僕はいつもより深く眠った。  それから何日かヤナギとの生活は続いた。水や食料など必要なものを調達するために小屋から離れる以外は、僕たちはいつも寄り添っていた。  目が見えないヤナギが、不安がらないように、いつも寄り添っていた。ヤナギはよく「ありがとう」という。僕こそ「ありがとう」なのだ。人の体温がこんなにもじんわり暖かくて安心できるコトを僕は知るコトができた。泣きそうなくらい幸せだ。  ーー早朝、魚を釣った僕は小屋へ戻る。魚はまた1匹しか釣れなかったからヤナギにあげよう。  小屋へ入ると、ヤナギが寝床から体を起こしていた。 「ヤナギさん、起きてたんですか?まだ寝てて大丈夫ですよ。」  また日が登りきる前の薄暗い早朝だ。ユナはこれが日課だから構わないが、いつものヤナギならまだ寝ている時間だ。  ヤナギは下を向いたまま返事をしない 「ヤナギさん…?」  ユナは心配してヤナギの傍に座り背中をさすってやった。 「大丈夫です…僕はいますよ」 「…ユナ…違うんだ…」 「…ヤナギさん?」 「…少し、放っておいて、くれないか?」 「…はい」 「ユナ…すまない…」 「大丈夫ですよ」  ヤナギには見えないと分かっていても、ユナは笑顔を作って返事をした。優しい声色を出して、気にしていないコトを伝えた。  ヤナギが不安定なのは知っている。不安な心を言葉に変換して伝えるのは難しい。1人になりたいときもあるのだ。  ユナはヤナギからそっと離れ、朝食の準備をする。魚を七輪で焼き、惣菜をこしらえる。  いい匂いが立ち込めて、食欲をそそる。 「ヤナギさん、ごはん、食べますか?」 「ああ…すまない、ユナ」  先ほどよりいくらか元気になったのを感じて嬉しくなった。  ヤナギの前に、惣菜と今朝1匹だけとれた魚をおく。ヤナギに「ここにありますよ」と誘導して、ユナは自分の惣菜を食べ始めた。ヤナギは俯いたまま動かない。 「ヤナギさん、どうしたんですか?…もしかして僕がいない間に何かあったんですか?」  ヤナギはギュッと手を握ると、ゆっくりと顔をあげて僕を見た。 「魚…1匹しかないのに、俺にくれたんだな」  その言葉に僕ははドキン、と心臓が跳ねた。ヤナギを見る。ヤナギと目が、合う。 「ユナは優しいから…きっと今日だけじゃない。いつも食料を俺に多くくれてたんだろ?」  ヤナギは柔かい笑みを作った。僕は震えが止まらず、食器を落とした。  ーー見えてる。ヤナギは目が見えてる。見えるようになったんだ。僕がみえてる。この火傷でタダれた僕の醜い顔を、今見られいる。ヤナギに、僕の醜い顔を見られている。  ユナの脳内に巡った記憶。醜い顔に向けられた軽蔑の目。親切をしたつもりが近寄るな化け物と罵られる。視界に映るだけで誰かを不快にさせてしまう己の存在。嫌だ嫌だ嫌だ。 「ごめ…ごめんなさいヤナギさん!」  ユナは駆け出して小屋から逃げ出した。ヤナギが呼び止める声を聞いたような気がするが、構わずに走った。涙がポロポロと流れる。ヤナギも気持ち悪いと思っただろうか。ヤナギに寄り添っていた人物が、こんな焼けただれた皮膚をもっていて、嫌な気持ちになっただろうか。嫌いになっただろうか。 「うう…ヤナギさ…ヤナギさん…」  嫌いにならないで。  ヤナギとの楽しかった生活を思い出しては、軽蔑の眼差しを向けるヤナギを想像し震える。 「…あ」  足がもつれ、その場に倒れた。起き上がる気力もなく、地面にうつぶせたままユナは泣いた。  それからどれくらい経っただろう。 「ユナ!…ユナ!」  ヤナギの声がする。  ユナはビクリと体を震わして、体を小さく丸めた。そんなコトをして自身の体が隠れるわけでもないし、ヤナギに見つからないようになるわけでもないのに、ユナは逃げるつもりで体を丸くした。 「ユナ…どうした?大丈夫か!?」  倒れているユナを見つけ、ヤナギは焦り駆け寄る。ユナの背中にそっと手を置く。  ユナの体は跳ね、ガタガタ震え出す。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ヤナギさん」 「…ユナ、何を誤っているんだ。それに、急に駆けだして…こんなに震えて…いったいどうしたんだ?」 「ヤナギさん…ヤナギさん…。目が…」 ヤナギは丸くなるユナを抱きかかえるようにして言った。 「そうだよ…ユナ。見えるんだ。ユナ。ユナのこと、見えるようになったんだ」  ユナは首を振った。 「ごめんなさい。僕…こんな、で…うっゔぅ…ひっく…うゔ」 なにか、ヤナギを騙していたような気すらしてしまう。罪悪感。  ヤナギは両手でユナの頬を包み込むように捉え、上を向かせた。涙で滲む視界にヤナギの顔が映る。 「ユナ、ユナがなに対して謝罪しているのかわからないけど、君は悪くない。絶対に悪くない。俺に謝らないで。そして…泣かないで」  ヤナギの唇がユナの唇に近づき、口づけをして。触れるだけのキス。長い時間、重なっていた。 「ん…っあ……ヤナギ、さん…」 「ユナ…」 「なんで…だって、僕…僕の顔はこんな!…こんな…焼けただれて…」 「…そんなコトを気にしていたのか?ユナは、俺のことを、そんなコトで人を判断するような人間だと思ったの?」  ヤナギの顔が寂しそうになる。  ユナは溢れる涙を止められず、顔を左右に振る。 「ユナ…。ユナのコトをもっと知りたい。その火傷のコトも、山で生活している経緯も、その優しさも…もっともっと知りたい。もっと聞けるように仲良くなりたい」 「…ヤナギさん」 「ありがとう。俺を助けてくれてありがとう。介抱してくれてありがとう。いつも寄り添ってくれてありがとう。ユナ。お礼はしてもし足りない。これからもずっとありがとうって言い続ける。ユナ、好きだ」 「う、うゔっヤナギさん!ヤナギさん!…ぼ、僕も、僕も好き、です!ヤナギさん!」  うわわわんって泣いてヤナギの胸にしがみついて泣いた。ヤナギは僕の背中をさすってくれた。 「いつもと、逆だな」  ヤナギが笑った。ユナも笑った。  山奥にひっそりと立っている小さな小屋に、今は誰も住んでいない。  ここの住人は、手を取り、支え合いながら山を降りていった。

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