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第11話

ソファに促されると先ほどの拭きものを渡された。 帽子を膝元に置き、適当に頭を拭く。 紫薫さんもソファに座る。 僅か一尺ほどの距離がもどかしい。 「栗栖に聞いたよ。抑制剤買いに行ったんだってね」 「…はい」 帰り際に渡された二回分の抑制剤。 「うん。それで」 「…」 「どうして泣いてたの?」 「それは」 「俺には、言えない?」 まただ。 紫薫さんの優しさが今は痛い。 ˹あなたが好きなんです˼ 言えたらどんなに楽か。 絶対に言ってはいけない。わかってる。 「結糸は成長したよね」 「え?」 「ここに来た時…8歳くらいかな?すごく恥ずかしがり屋で、話しかけようとしてもすぐ逃げられちゃった」 「そうでしたっけ?」 うわ恥ずかしい。 そんなことしてたなんて…。 「紫薫さんは俺をちゃんと見てくれたから。みんな避けたり気味悪がったりしてて、だけど紫薫さんは優しくしてくれた」 懐かしいな。 今でも忘れない。 暗闇の中一人ぼっちで怖くて寂しくて、そこに紫薫さんが手を差し伸べてくれた。 みんな意味無いって見ないふりをしてたのに、紫薫さんだけが俺を見てくれた。救ってくれた。 「紫薫さん、覚えてますか?」 吸い込まれそうな黒く艶のある瞳に、俺はとうに取り込まれてしまったのかもしれない。 あの日の時計のように。

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