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幾つもの春が通り過ぎて3
「っふ君には敵わないよ」
そういって微笑む洋月の君は、いつもどこか寂しそうだ。
私の妹の「桔梗の上」は、左大臣の姫ということで身分も申し分なく、いずれは東宮の妃へと誰もが思いちやほやともてはやして育てたせいで、たいそう気位の高いきつい女子に育ってしまった。
それなのにある日いきなり父が、帝の息子といっても臣下に降下させられた洋月(ようげつ)の君を婿にすると連れて来た時は、正直驚いたものだ。
ただ「洋月の君」の噂は聞いていた。
あまりの美しさに「光る君」とも言われる帝の秘蔵っ子ということで宮中でも有名だった。
初めての対面の日…
その男にしておくのが惜しいほどの、整った女子(おなご)のような美しい横顔…
何とも言えない気品を備えた優美な佇まい。
父に連れられてやって来た、その可憐ともいえる姿に、男である私までもが思わず後ずさりしそうになった程だ。
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「君が…洋月の君か?」
あれは彼が17歳、私が22歳の時だった。
「あぁ、あなたは?」
まだ少年らしいあどけなさを残した彼は私を見るなり、優しく微笑んだ。
ドキっ
その途端胸が高鳴ってしまった。
こんなに可愛い人が私の義理の弟になるなんて…なんだか嬉しいものだ。
仲良くしたいものだとすんなりと受け止められ、無理矢理結婚を決められた妹よりずっと喜んでしまった。
「私は桔梗の上の兄だ、よろしくな義理の弟になるな」
「あっ…宮中で丈の中将と呼ばれているお方?」
「ふふ。良く知ってるな」
恥ずかしそうに微笑む姿は何も汚れていない清らかさで満ちていて、流石帝のお子だけあって生まれ持った気品には敵わないと唸ったものだ。
しかし、あんなに愛らしい気立ての良さそうな洋月の君なのに、我が妹は激しく拒否してしまった。
いずれは東宮(帝の息子)の妃にと、もてはやされて育てられたせいか、同じ帝の息子でも身分が劣る洋月の君では不満だったのか、彼女のプライドが許さないのか…
だがそのお陰で、洋月の君は我が屋敷に通っては妹の部屋ではなく私のもとへ立ち寄るようになっていった。
「丈の中将…御簾の中に入ってもいいか?今宵もここにいてもいいか?」
「すまないな、また妹が部屋に入れてくれないのか」
「…」
悲し気に微笑むだけで、不平不満を漏らさない洋月がいじらしく感じる。
「俺のせいだよ…俺は…桔梗の上に相応しくない男なんだ。だから、このことはどうか内密にして欲しい。彼女のせいではないから…」
表向きは、夫婦として世間では知れ渡っている二人にこんな秘密があるとは…
あの頑固な妹は、どうやら洋月の君に躰すら許してないらしい。いつまでたってもお子が出来ないからな。だから洋月の君が夜な夜な他の女子の間を渡り歩いていると噂が立つのだよ。全く…
そう思うと、ため息が出る。
一体こんなに綺麗な男の何が不満なんだ。妹は…
私だったら、大事にして離さないのに。
あれ?なにか変か。これって。
これじゃまるで妖しの恋になってしまうなと一人苦笑した。
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