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幾つもの春が通り過ぎて2
色とりどりの花が咲き乱れる、春の日、その甘い香りは左大臣邸の雅な庭を満たしていた。
明け方になってやっと牡丹から解放された俺は、苦痛に耐えながらやっと、この庭に戻ってきた。
牡丹との一夜の後は、いつもこの庭の木陰に腰かけ心と躰を休めたくなる。
そうしないと、俺が俺でなくなってしまうような気がして…息苦しい。
いつまでこの受け入れられない行為を受け入れなくてはいけないのか。
牡丹は俺に亡き母の面影を重ねているのか…
俺は母ではないのに、どうして俺をこんな目に…息子なのに…男なのに…
考えても考えてもあの日から続く出来事を理解できないが、抵抗も出来ない自分がいる。
自然と浮かんでくる涙を滲ませ、木陰で目を瞑っていると、ふいに心地よい香りが近づいてきた。
「誰?」
「洋月の君?一体どうした?何故そんなに震えている?」
「あぁ…丈の中将か、いや…なんでもない」
俺はそっと目元に溜まっていた涙を直衣の袂で拭った。
丈の中将は、いつになく心配そうな表情で俺の隣に腰かけた。
「本当に大丈夫か?こんな硬い樹にもたれるのでは、身体がきついんじゃないか?どこか具合が悪いのならば、私にもたれていいよ。さぁ…」
丈の中将のたくましい腕に不意に抱かれた。
「なっ何だ?大丈夫だ!なんでもない!」
一瞬心地よいと思った自分の感情に驚いた。
丈の中将は俺の妻である左大臣の姫君「桔梗の上」の実兄だ。
義理の兄ではないか。しっかりしろ!
心の中で、自分に言い聞かせた。
俺はどうしたのだ?
肩にまわされた手の逞しさを心地良く思うなんて。
牡丹にいいように抱かれ続けて、いよいよ感覚までも麻痺してしまったのか?
そう思うと思わず苦笑してしまった。
「何を百面相してる?洋月の君…君は掴みどころがないな。全く…」
「俺が掴みどころがない?」
「あぁそうだよ」
「何故?」
「だってそんな綺麗な顔で、女を抱きまくっている色男と宮中では評判なのに、少しも幸せそうに見えないからさ…」
「なっ!」
「だってそうだろ?鏡に映して見ろよ。そのやつれた顔…心配にもなるさ」
「あっ…」
「一体、いつもどうしてそうなんだ。あー義理の兄として心配にもなるさ」
親しみを込めた笑み、その明るい笑顔が眩しかった。
いつだって…
俺にないものをすべて持っている丈の中将。
君は俺の憧れでもあるんだよ。
優しい両親に可愛い妹を持った優しい人
陽だまりのような君…
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