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突然の口づけ 1

鷹狩の日、一晩共に過ごした洋月の君の白い肌の温もりが忘れられない。 もう熱はすっかり下がったのか? あの日、一つの牛車に乗り込み最後まで一緒にいたかったのに、帝の迎えには敵わないものだな。 あのまま我が屋敷まで連れてきて、病み上がりの躰をゆっくり休ませてあげたかった。 やはり洋月の君は、臣下に下ったといっても、帝の御子なのだ。 帝の洋月の君への愛情はとりわけ深く、いつも気にかけ傍に置いていると聞く。 そんな話を耳にすると、洋月の君とは住む世界が違うということを、まざまざと見せつけられたような気持ちで、少し落ち込んでしまう。 それにここ最近は、宮中での華やかな宴に洋月の君がさっぱり現れないので、興味が沸かない。彼がそこにいるだけで、宴も色がさし艶めいてくるのに…彼がいないのでは、何も見いだせない。 私は最近一体どうしたものか。 綺麗な女御などよりも洋月の君の姿を追い求めているなんて… 洋月の君に逢いたい。 私は何を求めているのか分からないが、とにかく逢いたい。 **** そんな物思いに沈んで幾日か経った頃、体調を崩した妹のお見舞いにと、洋月の君が呼ばれた。 せっかく妹の見舞いに来た洋月の君だが、いつものように妹の我儘で追い返され、我が邸の自室に籠っている状況であることを女官が告げに来たので、私はその部屋を訪ねてみることにした。 洋月の君はまだ若いのに、何故かいつも悲しげな顔をしている。 きっと今日もまた落ち込んでいることだろう。私が励ましてやりたい。 表向きの気持ちとは裏腹に、それよりももっとこう胸の奥でうずく気持ちがあることに気が付いていた。 それでも訪ねる理由が出来たことが嬉しくて溜まらない。 部屋の前に来ると、暗くした部屋の御簾越しに、洋月の君の躰が影絵のように浮き出て見えた。 「洋月の君、どうした?こんなに部屋を暗くして…中に入るよ」 私は御簾の隙間からそっと躰を滑らし、洋月の君の隣へ腰かけた。 「あっ…丈の中将…どうして?」 「また落ち込んでいるのか?」 御簾の中にいた洋月の君は、品のある淺紫色に水流を描いた美しい直衣を纏い、気怠げに壁にもたれていた。 その表情は物思いに沈み憂いを帯びていたが、憂いとは裏腹に、頰は撫子のように色づき、 唇は濡れた桜貝のようにしっとりとして艶めいていた。 あぁ…本当にこの人は、姫と見まごう美貌持っているのだな。 「あれからまだ具合が悪いのか?全然宮中で見かけないから…」 そう声をかけると、洋月の君は無言で首をゆるゆると横に振った。 それから思いつめた声で、小さく呟いた。 「君の妹君は、俺のことが本当に嫌いのようだ。俺が汚れているのが分かるんだろうな。きっと…」 「まさか…宮中の女子から光る君と噂される美しい洋月の君のことを嫌う人なんていないよ。 全く…やれやれ…君は自分の美しさに気が付いていないとでも言うのか?この私ですら、君のことが気になってしょうがないというのに…」 「え…君が?」 洋月の君は意外な顔をして、私のことを見つめ返した。 おいおい、そんな意外そうな顔するなよ。 まぁ男同士だもんな。それもそうか。 苦笑しながら、私はすぐ横に座っている洋月の君の細い肩にそっと手をあて、自分の方へ引き寄せた。 「さぁまた肩を貸してやるよ。疲れているな…見れば分かるよ」 一瞬躊躇した洋月の君だが、私の眼をまっすぐ見つめた後、緩やかに身を預けてくれた。 「…ありがとう」 私はなぜか突然、洋月の君の顔をよく見たくなり、俯いているその整った月のように美しい輪郭の顎にそっと手をやり、私の方を向かせてみた。 「綺麗だ…」 神々しい美しさに間近で触れ、衝動的にその濡れた桜色の唇を、そっと指でなぞってみる。 同じ男とは思えない。 こんなに柔らかで、甘そうな唇は…あぁ食べてしまいたい! 洋月の君は、はっとした表情を浮かべたが、逃げようとはしない。 もう我慢できない。 顎を強引に引き寄せ、私はその柔らかな唇の上に己の唇をそっと重ねてみた。

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