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月夜の疑惑 2
「結局来なかったな」
私はどうしようもない不安を抱き、思い切って宮中の月夜姫のいるはずの場所を訪ねてみた。しかし警備が厳しく中に入ることはできなかった。結局諦めて……門の外に腰をかけ、太陽が高く昇って行くのをぼんやりと眺めていた。
どの位経ったのだろうか……
門がギィッと開く音がして、うつらうつらしていたまどろみから、はっと目が覚めた。
「月夜姫か」
そう口に出そうと思ったが、現れたのは直衣姿の男性ではないか。
「まずいっ帝か」
慌てて木陰に身を隠して目を凝らすと、 それはなんと洋月の君だった。
「えっ!一体なんで洋月の君がここから出てくるのだ?」
顔は青ざめて歩き方も腰をかばって辛そうに、こちらへ向かって歩いてくる。 どうしようか……こんな所で顔を合わせるのは気まずい。 隠れてやりすごすべきか……それとも。
ところが、近づくにつれ、洋月の君の女子(おなご)と見まごう美しい顔に、 大きな青あざが出来ているのに気付き、反射的に飛び出してしまった。
「おい!これは一体誰にやられたのだっ!」
突然現れた私に、洋月の君は目を丸くして驚いていた。
「あっ……丈の中将っ……なっ何故ここへ?」
「それはこちらの台詞だ!」
「何故月夜姫のいるはずの寝殿から、こんな早朝に出てくるのだ? それに……その顔誰にやられたのだ?」
洋月の君は蒼白な顔で、みるみる青くなっている顔を背け、傷を手で隠す。
「なっなんでもない」
洋月の君は異常なまでに驚愕し震えていた。慌てて逃げようとする華奢な手首を捕まえると、洋月の君がびくっと肩を震わした。
「あぅっ!」
そんなに力を入れていないのに痛みで顔を歪ませるので、不思議に思い掴んだ手首をじっと見ると、血が滲み、私の着物まで汚していた。
「え……これはどういうことだ?」
明らかに手をきつく縛られた痕。激しく抵抗して動いたのか擦れた皮膚から血が滲み出ている。
なんだ……この状況は?
宮中の貴公子として名を馳せる身分も気位も高い洋月の君に、一体誰がこんなにも惨い傷をつけたのだ?
「誰にやられた?」
前にもこういうことがあった。 あれは口づけの痕だった。 体中に散らばる花弁のような痕を大量に躰に散りばめられて、疲れ果て庭先で眠っていた。
「まっ……まさか無理矢理だったのか」
恐る恐る問うと、図星とでもいうように顔を真っ赤に染めて、 頭をふるふると横へ頼りなく振る。
「それ以上聞くな……言えないから」
その途端ぐらっと傾く洋月の君の躰を、慌てて受け止めてやった。あっこの抱き心地は……あの月夜姫とそっくり、いやそのものではないか。 一体どういうことだ!?
「おい!しっかりしろ!」
「……」
洋月の君は、私に抱き留められた瞬間にふっと口を緩め……そのまま意識を手放してしまった。 私は誰にも見られぬよう、意識のない躰をそっと横抱きにし、 従者に女子の着物を用意させた。
「急ぎ参るぞ、牛車を早く用意せよ」
そのまま洋月の君の顔が見えぬように、すっぽりと着物を羽織らせ自邸へ連れ去った。
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